Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

『J×Jの冒険』への冒険vol12【クリスマスに自分の人生を打ち合わせる編】②

池尻さんとの約束のクリスマスまで一週間。

 

 

12月の忙しさも佳境を迎え、押し寄せる疲労感もピークに達していた。こんな状況で池尻さんとの第1ラウンドまでに必要なものを準備できるだろうかと不安だった。

 

 

と言うか、そもそも何を準備すればいいのだろうか。

 

 

物件をめぐる不動産屋との交渉なんて初めてのことだし、言ってしまえば、ここから先は全て経験則のない未体験ゾーン。何をどう進めればいいのかわからない。橘さんが閉店を決断していない以上、第1ラウンドは挨拶程度のヒアリングにとどまるだろう。けれど、もともとなんらキャリアも与信もない丸腰の自分が手ぶらで戦場に立っていいものなのだろうか。

 

 

考えた結果、簡単な「店舗計画書」を作成することにした。

 

 

 

気合いの入った綿密な計画書ではなく、極力内容を削ぎ落としたものを作った。長たらしいものは読まないだろうし、限られた時間の中でポイントがぼやけて内容が薄まるのも避けたかった。そもそもそんな立派なものを作る余裕もない。

 

 

店舗計画書に記したのは、

 

 

1.店舗名

 

2.概要

 

3.営業時間

 

4.損益計算書のシミュレーション

 

5.メニュー例

 

6.営業コンセプト

 

7.経歴

 

8.ビジョン

 

 

 

以上、8項目をA4、2枚にまとめた。

 

 

 

そして迎えた、クリスマスの朝。

 

 

 

普段は油が染みついたチノパンに、ボタンの外れたネルシャツという恰好で出勤しているが、この日は一応ジャケットを羽織って出勤した。いつにも増して寒く、いつにも増して晴れた朝だった。

 

 

 

池尻さんが注視したのは、やはり、「4.損益計算書のシミュレーション」だった。

 

 

 

「あの立地でこんなにお客さん、来ますかね?」

 

 

池尻さんのその問いに対し、「すぐには無理でしょうね」と返答した。大風呂敷は広げない。

 

 

「今、私が勤務しているお店も大通りを挟んで同じような立地にありますが、連日盛況です。それはオーナーの努力によるものなので、結局は私自身の能力の問題になりますし、そんなに簡単にはうまくいかないと認識しています。でもこのP/L(損益計算書)は今のお店を鑑みて、けして現実から逸脱したものとは思ってないのも本当のところです」

 

 

 

「なるほど」

 

 

 

もう一押し。

 

 

 

「営業コンセプトの項目にも書いていますが、あの物件は事業所立地のど真ん中にあります。近隣の事業所の大人数でのパーティーや貸切のニーズはあると思います。日々の営業をしっかりこなして、信頼と安心感を得ることができれば、そうした問い合わせも少なからず出てくるかと。このシミュレーションはあくまで月~土をならした上での平均です。月曜日や火曜日にシミュレーション通りの集客が見込めるとは思ってないですし、ノーゲス(お客さんゼロ)っていうこともあるでしょう。でも、もし週に一度、団体利用があればこの想定も非現実的なものではないはずです」

 

 

 

「そうですか、わかりました。この資料は持ち帰ってもいいですか?」

 

 

 

「そんな拙いもので申し訳ないですが…」

 

 

 

「いえいえ」

 

 

 

と池尻さんは飄々と言って、飄々と計画書をカバンの中にしまいこんだ。不動産屋さんというのは僕の中でゴリゴリの武闘派のイメージが強かったが、風変りな橘さんと契約してるところを見るとそういうタイプではないかもなとも思っていた。池尻さんはどうやら後者だ。

 

 

 

「よくまとまった資料だと思いますし、こういうの用意してくれると助かります。独立を希望されている方の中にも、今働いているお店のホームページを印刷して、プロフィール代わりにそれだけひょいって渡してくる人も多いんですよ」

 

 

 

と、池尻さんは笑いながら言った。手ぶらでこなくてよかった、と思った。

 

 

 

 

「さて、今後の流れですが、まずはいったん橘さんの決断を待つことになりますが、よほどの心変わりがないかぎり、契約解除の流れになるでしょう。橘さんの契約解除の申し出とともに、各媒体にテナント募集をかけます。集まった申込者の方たちとまずは当社が面談し、そのあと、橘さんを交えての造作譲渡の話に移ります。なので、年明けにまたこちらからご連絡することになると思うのでよろしくお願いします」

 

 

 

「わかりました」と僕は言った。

 

 

 

 

過酷なデッドヒートが始まる。

 

 

 

と、思っていた。