2014年12月、オーナーの橘さんから連絡が来た。
「山本さん、不動産会社を紹介します」
12月の凍えるような寒さの中、体温が高まっていくのを強く感じた。
「担当者の名前は池尻(仮名)さんです。山本さんの方から池尻さんに電話するということを伝えてあります。彼の番号を教えますので、空いてる時に電話してみてください」
「はい」
「ということでよろしくお願いします」
そう言って、あっさり電話を切ろうとする橘さんを制止した。
「あ、橘さん、ちょっと待ってください。僕に管理会社をご紹介いただけるということはつまり、橘さんはお店を閉めるのを決められたということでしょうか?」
「そうですね、ほぼ」
そうですね…、ほぼ…。
結果どうなるにせよ、事が動き始めるのは年明けに持ち越されると思っていた。橘さん自身も「年内いっぱい考える」と言っていた。想定していた以上に展開が早い。
「では」と言って、橘さんは電話を切った。
教えられた池尻さんの番号を眺めながら、少しの間逡巡した。今ここで電話するべきか、どうか。飲食店にとって12月は一年の中で最も忙しいシーズンで、ただでさえ熾烈を極める壮絶な忙しさの中、自分の人生を揺るがしかねない局面を放り込んでいいものなのか。今、ここで強引に話を前に推し進めるよりも、態勢を整えたのち、年明けに臨んだほうがいいのではないだろうか。
否。
ラン&ガン、&ラン。
僕はそのまま池尻さんに電話をした。
「では25日の朝はどうでしょう?」と池尻さんは言った。
クリスマス。今のところ、イヴも含めて、予約は少ない。12月において比較的余裕のある一日と言えるだろう(という算段とは裏腹に24日も25日も結局、かなり忙しい一日となった)。
「わかりました。では25日の朝9時半でよろしいでしょうか?」
「お店の近くにドトールコーヒーがありますよね?そこにしましょう」と池尻さんは言った。
橘さんが閉店を正式に決定していない以上、確かに僕と管理会社である池尻さんが話をしたとしても意味がないと言えば、意味がない。その日行われることは交渉でも、面談でもなく、せいぜい簡単なヒアリングにしか過ぎない。
けれど、自分にとっては、クリスマスにドトールコーヒーで自分の人生を打ち合わせるようなものだと位置づけていたし、実際のところそうなった。