Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

歓迎会貸切のご案内

【貸切・歓迎会貸切のご案内】

歓迎会のご予約やお問い合わせが多くなるシーズンとなりました。秋葉原旅食ダイニング「ジャーニージャーニー」は元々、貸切や30名様前後の団体様のご利用が多いこともあり、例年、4月は特に近隣の会社様の送別会の貸切利用でいっぱいになる傾向があります(新年度の宴会にご利用いただけることはお店として大変嬉しいことです、ありがとうございます)。

・30人様前後まで貸切可能★
・半立食スタイルであれば45人様前後まで貸切可能★
・多国籍料理でいつもとは違うお料理を楽しんでいただけます★
(一方、辛い料理やクセのある料理は外しておりますのでご安心くださいませ)
・飲み放題のドリンクは70種類以上★
(一般的なドリンクは全て網羅しております)
・さらにコースのご予算ごとにハイボールや焼酎のランクとバリエーションが広がります★


その他、コース内容などについてはHPに記載しておりますので、詳しくはそちらをご確認いただければ幸いです。本店は20名~30名の貸切利用、2号店は10名~15名の貸切利用に最適です。お問い合わせお待ち申し上げます!


また歓迎会・送別会だけでなく、同窓会や打ち上げ、オフ会、撮影会、パーティー、OB会や昼貸切、昼飲み、昼宴会など幅広いシーンに対応可能、最近ではシニアやシルバー世代の昼貸切、昼飲みにもよく使われております。GW(ゴールデンウィーク)も予約とシフト状況によって貸切営業致します。


お気軽にご相談くだいませ、お問い合わせお待ち申し上げます!


「幸運は準備された心に宿る」

2025年10月、京都大特別教授の北川進氏がノーベル化学賞を受賞した。会見で子供たちに向けたメッセージを問われ、「幸運は準備された心に宿る」という細菌学の権威ルイ・パスツールの言葉を引用した。

「私自身のこれまでの歩みを振り返ってみても、いい先生や良い友人、そして学会などで様々な出会いに恵まれてきました。そうしたものこそが‟準備された心″につながっていたのだと思います」。

パスツールを引用するところがクールだなあと感じつつ、同時に、ノーベル賞をとるような化学者もけっこうアナログなこと言うのね、と思いながら記事を読んでいた。

1997年、MOF(金属有機構造体/今回の受賞の大元)の論文を発表したのち、アメリカであった会議で研究成果を全否定された。「集中的に批判され、散々叩かれて、空調のない部屋で涙か汗か分からないものを流した」と北川氏は当時を振り返る。

そこから28年かけてノーベル賞か…、と北川氏のこれまでの途方もない冒険に思いを馳せた。

「でもそれは本当に見つけたものだったから、そこを信じる気持ちは揺るがなかった。自分が本当に面白いと思うことだけに突っ走ってきたんです。だからこそ、まわりに苦労もかけたし、だからこそみんなに感謝している」とも同氏は言う。


そこから28年かけてノーベル賞か…、

そして、ジャーニー×ジャーニーは間もなく11年か…、

と、自分の頭の中はそこで急速にスケールダウンした。話を急に自分の話に擦りかえる人っているけど、自分でもびっくりだ。

自分でも呆れるくらい小さな話で、しょうもないけれど、しょうもないとは言え、間もなく11年というのは事実で、その中で実にいろいろなことがあったのも実際のところだ。そして、今もなお実にいろいろなことが起こるけども、まあとは言え、大抵のネガティブは大抵大したネガティブではない。むしろ、今、このようにしてこんな文章を書いてること自体、恵まれている。まぎれもなく、まぎれもない幸運だ。その恵まれた環境や幸運に感謝しないといけないし、謙虚でならきゃいけない。


「いい先生、友だち、付き合い。幸運というのは、ある日突然、宝くじのように当たるものではありません。皆さんも、自分が育っていく過程でさまざまな経験をすると思いますが、その一つ一つを大切にしてほしい」。


北川氏は子供たちに向けてこのメッセージを贈ったが、44歳のくたびれた中年のことも戒める。


11年間に感謝しながら、12年目もいい準備を進めていきたい。今後ともジャーニージャーニーをよろしくお願い致します。





ジャーニー×ジャーニーの2025年の冒険③

2025年7月

6月に続き、7月も両店ともに、またランチ・ディナーともに営業的に忙しい一か月だった。忙しかったけれど、振り返ってみると一年で最も濃い一か月だったかもしれない。

中心にあったのが『土曜はナニする!?』の出演だった。放送自体は8月だったけども、収録は7月、そして、その一か月の中で①自店での撮影、②キッチンスタジオでの撮影、③他店でのグルメロケ、④大阪のスタジオでのロケ、の4つが行われた。けっこうなボリュームだったし、②も③も初めてのことだったので、良くも悪くも消耗し、大変だったけど、

次にダブルピースで写真を撮る日はいつだろうか?

やりがいもあった。『キタコレ』の飯田さんの時も思ったけれど、鈴木さんもまさに時代の中心にいた、と言うか、時代を作っていた方なわけで、収録中、会話をしながら「俺は今、”時代”としゃべっている…」と畏敬の念を抱いた(ちなみに両氏ともに自分とタメである)。

キッチンスタジオは港区のど真ん中にあった。撮影は自然光をシャットアウトするし、カメラを回していても救急車が通ると撮影を止め、撮り直す。であれば港区である必要はないんじゃないかと思っていた(スタジオ、高いだろうし)。

地元や田舎の親族・知人友人にたまに「東京でお店10年やってるなんてすごいねえ」と言われることがあるけれど、普段「東京」というのを知覚も意識もしない。コンクリートに辟易することもなければ、田舎に憧れることもない。そのあたりのことは何も考えることなく、店と家を往復している。

が、撮影が終わり、ベランダであれば一服しても大丈夫ということで、お言葉に甘えてカーテンを開けると、

いわゆるの東京が広がっていて、「おお、東京だ…」と何ならちょっとエモーショナルでさえあったのけど、この感覚は新鮮だったし、今年一年を振り返るにあたり、何故か印象的だった。さらに言うなれば、自分は毎日、徒歩か自転車なので、初めてのロケバスにも高まったし、首都高に乗って都心を駆け回るのも楽しかった。だけど、普段東京を車で移動している人からすれば何ともないわけで、このギャップそのものを面白く感じる。我ながら、素朴だ。

そして、

関西テレビの番組だったので、スタジオ収録が大阪で、思いがけない小旅行になったのもよかった。大阪には2,3回しか行ったことがないし、行きたいなあと思うことも正直なかったけれど、昼前に撮影が終わったので、新幹線の終電までひたすら飲み歩いた結果、今、すごく、「また行きたい」が強い。ただでさえパワフルな街だろうに、万博と阪神の試合とTWICEのライブと夏休みが週末が重なり、何もかもが漲っていた。

暑かった…。漲りすぎていた…。

ここまでミーハーな写真を並べてしまったけれど、

合間を縫って、父の古希のお祝いをできた。両親と同じ部屋に寝たのはいつぶりだろうか。そして、孫(俺にとっては甥)は人格とキャラを変える、と改めて思った。

2025年8月

「ニッパチ(2月と8月)は売上が落ちる」とよく言われるけども、事業所立地であるジャーニーはお盆期間はそもそも営業しない(暇すぎて)。なので自動的に売上は落ち込むのだけど、それならそれで普段できないことができたりするので、有意義な時間にもなったりする。スタッフと飲みに行ったり、元スタッフと飲みに行ったり、元スタッフが働いてるお店に飲みに行ったり。飲食仲間のお店に行ったり。25年8月はとにかくよく飲んだ。

YAKITORI+81/下北沢

トーンチャーン(タイ料理)/西新井

路地裏久九(和食とケーキ)/北千住

2025年9月

例年そうだけども価格改定やメニュー変更、コース内容の微調整は10月に合わせる。正確に言うと繁忙期の12月に照準を合わせてるんだけども、10月中旬ぐらいから忘年会の予約は入り始めるし、ピークを迎える前にならしておきたいというのもあるので、そうなると9月中には諸々のマイナーチェンジを終えておきたい。シルバーウィークもあるので(ウチは暇なので)、そういう作業に向いている。今年もまさにそういう一か月間だった。もっとも今年はグランドメニューも大幅に変えたので、お盆あたりから取り掛かっていた。予定通り、10月よりグランドメニュー差し替え、ランチ価格改定、コース内容の微調整を実施。

それともう一つ、前々から仕掛けていたのが「麻雀」。麻雀に関しては前々から、ジャーニージャーニー内及び親交が深いところでサークルにしたいと思っていて、着々と組織化を進めていた。単純に麻雀が好きということもあるけれど、最近では「飲み会」の限界も感じていて、コミュニケーションのツールとしても麻雀が有効なのではないかと。というわけで未経験者にも声を掛けながら、打ち手を増やしてきた。この頃ようやくその努力が結実した。

2025年10月

12月にインドネシアに行ったが、インドネシアのプロジェクト(と言いたい)が始まったのは8月で、12月の渡航の前にその前哨となるイベントがあった。それが10月。現時点でそのプロジェクトがどう推移していくかまだ何とも言えないので、ここでは詳細は割愛するけども、インドネシアは来年の大きなテーマにしてきたい。

 

2025年11月

インドネシア同様、来年の大きなテーマにしたいと思っているのが「AI」。正確に言うと、「飲食店×AI」であり「ジャーニー×AI」。現段階ではまだ構想段階で(年内までにロードマップぐらいは作りたいと思っていたが、ほぼ全く着手できず)、具体的な取り組みとして形にできるかどうか少し不安ではあるけれど、妄想を膨らませていたのが11月。けれど、妄想というのは楽しいもので、今年一番、胸が高鳴ったかもしれない。

妄想のきっかけは先述のインドネシアでもあり、他のあれこれでもあるんだけど、彼のエチオピア赴任も関係している。

盟友は11月よりエチオピア日本大使館の公邸料理人に着任した。

AIもまたここでは詳細を省くけども、単にAIを取り入れるだとか、業務を効率化するということではなく、AIを活用しながら、壮大なコンテンツを作りたいと思っている(店内ではこの構想を「サーガ」と呼んでいる)。サーガは来年どうなっているだろうか。何事もなかったかのようになってなければいいけども…。

2025年12月

何と言ってもインドネシアに行けたことが大きい。今までであれば繁忙期の12月に海外に行くだなんて考えられないことだったけども、それができるようになったのは店全体の成果であり、収穫だ。渡航目的はまた改めるとして、とにもかくにもインドネシア料理を貪ってきたので、料理自体は近日中に記事化するなり、メニュー化するなりして、何らかの形に落としこみたい。


それはさておき、夏場までは極めて順調だった売上が9月頃から陰りが見え始めてきた。10月に爆発したので「気のせいか」を安堵していた矢先、気のせいではなく、11月、12月と顕著に数字に表れた。こんなふうにこんな総括をできてる時点で、そういうことだ(暇だったし、それほど疲れていないということだ)。今はスタッフが安定しているし、皆ベテランなので、そのおかげというのもあるけれど、それにしても12月感のない12月だった。


はっきり言って、嫌な予感がする。ひしひしと、びしばしと感じている。おそらく既存2店舗の売上ベースで見れば、2025年で頭打ち、このあとジャーニーはピークアウトすると思っている。


「日々は平穏にかぎる」。

本当に思っていることだけども、その平穏の中にも変化やアクセントはほしい(退屈だから)。が、「変化」や「アクセント」というのは往々にしてコントロールできないものだし、想定と予定調和に収まるものであれば、変化でもなければ、アクセントでもない。また、売上という基礎があるから、変化やアクセントを楽しめるのであって(24年、25年のように)、そもそもの土台がそもそも危うくなるのであれば、それどころではないし、平穏ですらない。


というわけで、平穏なんて、ない。




ジャーニー×ジャーニーの2025年の冒険②

2025年1月

税務調査の最終的な着地と12月末の決算を受けてのキャッシュフローの見直しや確定申告作業に追われた一か月。暗澹たる年初となったが、そんな中、初めてクラシックのコンサートを鑑賞しに行った。この時は「なんて優雅なんだ。今年はこういう文化活動も積極的に」、と思っていたが、思っただけで終わった。

ベートーヴェン交響曲第9番をちゃんと聴いてみたい。なんか泣いちゃいそう。

2025年2月

3泊4日で鹿児島・宮崎に行った。両県とも初めてだったが、すごくよかったし、また行きたい。この国内旅行の主たる目的は「デスクワークに完全集中できるお気に入りの街、もしくは常宿を見つける」というものだったが、どちらの宿(簡素なビジネスホテルだけど)もすごくよかった。もう他を探す必要はないかもしれない。仕事する→疲れる→お風呂とサウナで整える、仕事する→疲れる→またお風呂とサウナで整える。お肉も魚も美味しくて、酒場に困ることもない。至高の充実である。空港と繁華街の距離を考えると宮崎にやや軍配か。

宮崎のビジネスホテルの部屋からの景色。

2025年3月

3月はもともと繁忙期なのだけど、その忙しさに加え、営業以外のことで大分慌ただしい一か月だった。

まず、①テレビ収録の問い合わせが立て続いた。今まで街ブラ番組というのはなかったのだけど、日テレ、フジテレビ、北海道ローカル(すべて街ブラ番組)が示し合わせたかのように同タイミングで…。結局あれこれあって、実際に収録が行われたのは北海道テレビの『キタコイ』という番組で、飯田圭織さんにご来店いただいた。

www.hbc.co.jp

3階テナントとの騒音問題。3階テナントにレンタルスペース業者が入ったのだけど(現在も入居中)、運営者やスタッフがいるわけではないので、利用者はやりたい放題。建物内ならまだしも外で騒ぐ場合、近隣住民はJ×Jのゲストと勘違いしてしまうので、そうなってくると自分も立ち上がざるを得ない。不動産会社、レンタルスペース事業者、自分の三者で話し合いの機会が設けられたが、結局抜本的な解決には至っていない。民泊トラブルにしてもそうだけど、この手の問題はおそらくあちこちで起きていて、法的にも行政的にも後手後手のように思える。今まで揉め事なく、慎ましく進めてきただけに萎えるし、残念。同時に、世の中には無責任な事業者が普通に実在することを知った(今までが恵まれていたのだろう)。

そして、③百貨店から出店依頼。まさか百貨店からお声がけいただくとは思わなかった。ワンフロアをリニューアルするとのことで、その構想とコンセプトにウチの「弱激辛」が引っ掛かった(らしい)。打ち合わせは何度かさせていただいたし、シミュレーションもしたし、逆に面白いかなとも思ったけれど、結局は見合わせた。

リニューアル予定のフロアを実際に見に行った。完成が楽しみ。何屋さんになっているだろう?

2025年4月

「4月に品川の教会で式を挙げるんですけど、そのまま秋葉原に移動して結婚パーティーを開きたいのですが、その日、お店空いてますか?」「…。空いてはいますけど…、それはつまり2次会的なイメージでしょうか?」「いえ2次会ではなく1.5次会ですかね」「…。ご親族の方々は…?」「親族含めて品川から秋葉原に移動します」

というお問い合わせをいたただいたのが2月。御新郎はJ×Jの初期のお客様で、ウチを気に入ってくれていたようだけども、「かと言って、受けちゃっていい仕事なのだろうか…」と当然、逡巡した。が、メールと打ち合わせを重ねていく中で、最終的にはお引き受けすることにした。となると、自店らしさを全開で打ち出す他なく(一般のレストランウェディングに寄せるのも無謀だ)、テーマを「世界各国の婚礼料理、お祝い料理」とし、ドリンクも総動員して、少しでもご満足いただけるよう努めた。主役のお二人や参加者の皆様にとって実際どうだったかはわからないけども、厨房から眺めるかぎり、幸せそうな時間が流れていた。

と、2025年の4月は10周年。10年前、「10年後にJ×Jはまだあるだろうか?」と思ったけど、あった。

あったし、いた。

2025年5月

八丈島に行った。羽田から55分で大自然溢れる島に行けるなんて素敵じゃないかと思った(離着陸の時間もあるので飛行してる時間はほんのわずかだ)。

空港に着いたのち、そのまま歩いて民宿まで向かう(「空港を歩いて出る」というのは最近密かな自分的ムーヴだ)。その途中で自然派のベーカリーを見つけて、特産である「うみかぜ椎茸」を使ったパンとパッションフルーツのお洒落ドリンクを両手に持ちながら、島の空気を楽しんでいた。が、これが旅のハイライトであった。その後はみるみる体調が悪化し、おまけに天気も荒れて、飛行機も2日続けて欠航。55分で着くところ、船で11時間かけて雑魚寝で帰った。体調さえ問題なければそれもまた旅情、となるはずだが、ただただしんどかった。

この時はウキウキしていたが、今となっては切ない。そして、その前にイタい。

八丈島の観光的ネックはそこだなあと思いながらも、今年の10月、八丈島はそれどころじゃない深刻な台風被害に見舞われた。あれから3か月経ち、復旧も進んでいるとは思うけど、自然災害はこれからもずっと対峙していかなければならない問題であり、その対処は容易ではない。余裕を持てた時、またいつか行きたい。

2025年6月

写真、カレンダーを振り返っても特にこれと言った出来事のない1か月。月報的なフィードバックを見返しても「〇〇をやる予定だったができなかった、〇〇すらできなかった…」などの羅列が続く。それだけ忙しかったということだし、実際、数字的にもよかった。

が、過去に取引をしていた会社の不正が発覚し、それに巻き込まれるという事案も発生した。もう忘れていたけども、振り返ったせいで思い出してしまった。当時やれやれだぜ、と思っていたが、今思い出しても、やれやれだ。とまあ、そんな消耗戦的な1か月だったわけだけど、

クロスが剥がれてきたり、汚れが目立ってきた部分に壁紙を張るなどして修繕したり、照明を新調・設置したりなど、そうした補修を進めることはできた。細かい点ではあるが、ずっと気になっていたことなので、そのあたりを埋めることができたのは嬉しい。現スタッフのたけちゃん、内装作業が得意なので、ありがたいし、助かっている。

J×Jは来年4月に12年目に入る。刻一刻と古びていく。2025年は幸い、厨房機器含め大きな故障や改修なく済んだが、その点については今から構えておかなければならない。とは言え、何もないことを祈る。


7月以降の下半期は③に続く。

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ジャーニー×ジャーニーの2025年の冒険①

今年もブログをほぼ全く書かない一年だった。書く気力も時間もない。そもそも、書きたいと思う内容や出来事もないわけだが、そんな中、昨年11月より始まった税務調査については、書かずにはいられないと思って書き上げた。

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こうしたブログを一年に一本書くことができれば上出来だと思うが(自分の持てる全てを動員したブログだった)、これほどまでに強烈なことはそうそうないし、勿論歓迎もしていない。なるべく穏やかに暮らしたい。過去に刺激を求めていた節はあったし、非日常を切望していた時期もあったかもしれないが、そんな時代はとうに過ぎた。刺激は疲れるし、非日常は気を遣う。日々は平穏にかぎる。

一方で、よくよく考えてみれば、ブログに書き起こし、記録にとどめておくべきは刺激的な出来事や非日常な経験ではなく、むしろ日々の平穏ではないだろうかとも思う。写真や動画で振り返ればいいのかもしれないが、手軽ゆえにどうしても希釈されてしまうし、埋もれてしまう。「スパイスは一応揃えたが、カレーにはしていない」。雑然とストックされた写真たちをスクロールしながら、そんなことを感じる。そのうち、何のために買ったスパイスだったかも忘れてしまう。

毎年同じようなことを同じように思うけど、結局はろくに振り返ることなく新年を迎え、そのままなんとなく流されていく。今年はその慣性に少し抗って、2025年がどんな一年だったか、写真を交えて簡単に書き起こしながら、一つの形にしてみようと思う。せっかくだから、取り揃えたスパイスの蓋を開けて、香りを楽しみながら、カレーにしてみようと思う。

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山本ジャーニーの国家権力と10周年への冒険-後編-

話を家宅捜索(という仰々しい表現が正しいのかわからないけども)の朝に戻す。あの朝、くたびれたこの部屋で一体何があったのか。

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後藤さんの後輩にあたる阿部君(仮名)がベッドの下のスペースにスーツケースを見つけた。

「後藤さん、ベッドの下にスーツケースがあります」

現場に緊張が走った。おそらくは後藤さんの先輩にあたる、寡黙な五十嵐さんもその発見に静かに反応した。

「山本さん、中、見ていいですか?」

「…。どうぞ…、ただ…」と、我ながら不気味な苦笑いを浮かべ、私は言う。

山本「ただ…、何も入ってないですよ…。もしかしたら何かは入ってるかもしれませんが、少なくとも皆さんがお探しのものは入ってません」

後藤さん「わかりました。ではチェックさせていただきますね。阿部君、中、見て」

阿部君「わかりました」

山本「ちょっと待ってください…。実はですね…」


私は意を決した。やれやれ、なんて日だ。「やれやれ」とも言いたくなるし、「なんて日だ」とも言いたくなる。


山本「実は恥ずかしくて、ちょっと言いづらいのですが…、この前ベッドが壊れまして…、前脚が折れたというか曲がったというか…。だからベッドが傾いてるんです…。で、応急処置として、ちょうどいい高さだったそのスーツケースで支えてるんです…」


後藤さん「…」

阿部君「…」

五十嵐先輩「…」


山本「さらに言うと、スーツケースの隣に毛布にくるまった炊飯器があると思うんですが…」


後藤さん・阿部君・五十嵐先輩(以下、国家)「…」


山本「スーツケースだけじゃバランス取れなくてですね…、左ウィングはスーツケースで支えて、右ウィングは炊飯器で調整してるんです」


国家「…」


山本「まあ正確に言うと、右ウィングは炊飯器と毛布ですが…(炊飯器だけでは微妙に高さが足りなかった)」


後藤さん「…。一応、中身、見させてもらいます…。阿部君、よろしく」


阿部君「(スーツケースをゴソゴソ…)何もないですね…」


国家と山本「…」


阿部君「炊飯器も見ますか…?」


後藤さん「見よう…」


私は一抹の不安を覚えた。果たして、私の体重を支え続けた炊飯器の蓋は無事に開くのだろうか?もし、ここで蓋が開かず、この炊飯器がこのまま押収されようものなら、今宵、私は何を拠りどころにして眠ればいいのだろうか。何もない辛気臭い部屋の中で、苦心した末にようやく導き出した「炊飯器」と「毛布」という黄金律だったのに…。


だが、それは杞憂に終わった。蓋は無事、開いた。国家と私はあの独特な速度で上がっていく炊飯器の蓋を、人生史に残る沈黙とともに静かに見届けた。炊飯器にとってみても、それぞれの思惑が複雑に交錯するこれだけの緊張状態にさらされるとは予想だにしなかっただろう。どれだけ美味しい炊きこみご飯が炊きこまれようとも、さすがにここまで注目されることはない。中には勿論、何もない。隠された貴金属も、暗号資産のデータが詰まったUSBも、ひからびた米粒もない。何故なら、今、その炊飯器は私の眠りと致命的な体重を支えるベッドの脚なのだから。


そして、国家と私は協力し、ベッドの脚(炊飯器)を静かに所定の位置に戻した。おそらく、この炊飯器(ならびにそれをベッドの下に戻すという行為)は、国税庁の長く険しい厳粛な歴史において、前代未聞の空前絶後として、その名を刻んだに違いない。蓋を開けて中身を探ることはあったとしても、被告人とともにベッドの下に戻すことはこの先なかろう。



2025年4月13日現在、恥ずかしながら、今もなお、スーツケースと炊飯器(と毛布)は所定の位置に鎮座している。風神と雷神みたいに。いい加減、新しいベッドを新調しなくてはならない。みっともないにも程がある。それはわかっているし、いくら忙しいと言えど、こんなブログを書いているのだから、ベッドを組み立てるぐらいの時間と余裕はさすがにある。だが、どうしてもその前に自分はこのブログを書き上げたかった。正義を掲げることや、不備を正すことは誰にでもできるが、この文章はどう考えても自分にしか書けない。


ただ、国家よ。


炊飯器のお釜の下をチェックしなかったのは詰めが甘かったな。


という文章を11年目の初日である4月1日に投稿したかった。でも、どうしても間に合わなかった。そして、4月1日は11年目の初日でもあるが、嘘が許される日でもある。11年目の始まりの日にエイプリルフールを盛大に謳歌するのもまた一興、と思っていた。しかし、今日は嘘をついていい日ではないので、明言しておく。お釜の中に何もなかったように、お釜の下にも何もなく、かつて炊飯器だった炊飯器は今もなお、ベッドの脚だ。


こんな文章を書けることも、ベッドを新調できることも、日々の営業のおかげ。


その「日々の営業」はJ×Jの10年に関わっていただいたスタッフと、今まさに働いてくれているスタッフ、そして勿論、日々のゲストの皆様のおかげ。

さらに言うなれば、

私が毎日のように買い出しに行くライフの無人レジの背後で、不正がないかをチェックしている従業員の皆様や(この一文は特定の方に向けています。ただ、実際にライフがなければJ×Jの日々の営業は成り立たない)、

そして、ライフだけでなく、取引先や業者さん含めた全ての事業体、

また、国税庁のみならず、国家のみならず、地方自治体含め、「全体の奉仕者」と憲法で規定されている方々の働きによって保たれるフェアと公正が、この途方もない「循環」と「相関」を支えているのだと思います(今日はエイプリルフールではありません)。


突如として壮大なスケールになってしまったけれど(まあ、意図的にそうしたのだけど)、まあ、10周年というメモリアルだからいいでしょう。そして、このブログをこの10年の全てに感謝とともに捧げます。


されど、国家よ。


本当は10周年イベントにお越しいただき、一緒に乾杯したいところですが、それは叶わぬことだと承知しております。それに守秘義務の問題だけではなく、単純にお酒が飲めないともおっしゃっていました。


ならば、いつか一緒に卓を囲んで、麻雀しましょう。その際はフェアも公正も奉仕もさておき、「相関」も「循環」も関係なく、我々4人で歴史を動かした(炊飯器をベッドの下に戻した)あの朝のことを思う存分に語らいたいです。


いつなんどきも必要なのはリスペクトとユーモアだと思って、日々を生きてるつもりです。時に真に受けてしまって、しんどい時もありますし、へたることもありますが(本件は久々にこたえたぜ)、このようにして11年目も励んでまいります。


後藤さん(仮名)、


嘘だったのか、本当だったのかわかりかねますし(懐柔だったのか、ある種の宥和政策なのか)、


いずれにせよ、税務調査の一環であったのも理解しておりますが、


なんであれ、ブログ、誉めてくれて嬉しかったです。





 

山本ジャーニーの国家権力と10周年への冒険-前編-

朝、8時半、ドアの前に立つ3人の男たちを見て、はじめは詐欺か強盗かと思った。そういうニュースがちょうど世間を騒がせていた。

ただ、詐欺であれ強盗であれ、この部屋に彼らが望むものはない。何故なら、本当に何もないからだ。くたびれた42歳が、辛気臭く暮らす、辛気臭い部屋だ。

そもそも、彼らはどのようにして私の部屋のドアの前に立っているのだろうか?数分前、マンション自体のエントランスからのインターホンが鳴っていたが、私はこれを無視した。が、今、彼らはどういうわけかマンション内に入り、どういうわけか自分の部屋のドアの前に立ち、チャイムを鳴らしている。住人がちょうど出入りしたタイミングですっと入ったのか、あるいは、誰かが故意に入棟を許可したのか。

国税庁の後藤(仮名)です」と後藤さんは言った。

名刺を渡されてもなお、にわかには信じられなかったし、むしろ、ますます疑念を強めた。名刺なんてどうにでもなるし、それっぽい服装や髪形に寄せることなんて、わけないはずだ。こうなってくると、逆に、彼らは自分たちが国税庁の職員であることをどう証明するのだろうかと心配したくらいだ。

ひととおりの挨拶的なものを済ませると、後藤さんは私にこう訊ねた。

「ところで山本さん、昨日はお店からどうやってお帰りになりましたか?」

「…。歩いて帰りましたけど…?」

前日の晩、私は久しぶりに店から歩いて帰宅した。できるだけ歩いて帰ろうと心掛けているが、『クレイジージャーニー』の件が持ち上がって以来、その余裕を持てないまま、自転車で帰る日が続いていた。それがちょうど一段落して、まさに昨夜から歩き始めたところだった。

「そうでしたか…。いや、いつもマンションの駐輪場に停めてある緑の自転車が、今朝は見当たらなかったので…」

と言われ、背骨を抜き取られるような感覚に陥った。自分の知らないところで、自分の想像をはるかに超える巨大なパワーが動いている。そして、その「力」は明確な強い意志を以って、今まさに自分に向けて放たれている。彼らがオートロックを造作なく潜り抜け、部屋の前に立っていたのもそういうことなのだろう。生まれて初めて「国家権力」という言葉を現実に認識し、現実に知覚した。そうか、これが「国家権力」か…。そして、目の前の3人は今まさに「国家」というわけか…。

結果的に彼らは紛れもなく国税庁の職員であり、この訪問は詐欺でも強盗でもなく、世に言う「税務調査」であった。


その家宅捜索(という仰々しい表現が正しいのかわからないけれど)から始まった税務調査はそれから約一か月続いた。その一か月というもの、日々、刺激的で、痺れる展開もありながら、結論を言えば、確かに自分には不備があった。そして、自分の意識は甘かったし、自分の知識は足りなかった。それに尽きる。加えて、独身でよかった。それにも尽きる。


というわけで、その点について、多いに反省し、改めるべきものは速やかに改めた(まだ一部、精算が追いついてないものもあるけれど)。が、このブログで記したいのは税務調査そのものではない。税務調査とはどういうものか、体験者として生の情報を発信するのは社会的に有意義だろう。何故ならば、その発信によって、自分のような「不備」が少しでも減るのであれば、認識が少しでも正されるのであれば、それは誰にとっても正義であり、意義深いからだ。けれど、あらぬ誤解は生みたくないし、不本意な流れを作りたくもない。「正義」や「意義」はそれを生業としている他の皆様に委ねることとする。


だから、私がここで記し、示したいのはそういうことではなく、別の部分にある。


税務調査が始まった初日に「ジャーニージャーニーさんは時折、通常営業以外のイベントを開催されてると思うのですが、次回、訪問時までに過去のイベントを遡っていただいて、いつどこでどんなイベントをして、そのイベントにどれぐらいの人数が来たか、チェックしてもらっていいですか?」と後藤さんに言われた。

この話は聞いたことがある。イベント営業時の売上をきちんと計上しているかどうかを確認したいのだ。言われた通り、早速、その日の夜、スタッフが帰宅したのち、確認作業に取り掛かった。昔はそれなりにイベントしてたかもしれないけれど、コロナ禍においてはほぼ皆無だし、コロナを機にめっきりやらなくなった。確認作業はあっという間に終わるだろうと踏んでいた。

ところが、実際にはそうはならなかった。

いつか振り返る時にいいだろうと思って投稿していたSNS(主にフェイスブック)上の記録だが、実際に振り返ることはほぼない。たまに何らかの理由で過去の画像を引っ張りたいことがあった時に、遡ることはあれど、目的だけ果たしてすぐに切り上げる。そうした作業をする時は常に、何らかの理由で何らかに追われているからだ。この日もまさに同様で、さっと終えて、翌日に備えなければならなかった。が、この夜、マウスを操作する指の動きは極めて重たかった。

次の投稿に進まないといけないのに、一つ一つの出来事に見入ってしまった。「今」を形成し、「今」を脈打つのはその一つ一つの過去であることを噛みしめてしまった。その夜、何故そうだったのかはうまく言葉にできないが、税務調査というディープインパクトが走馬灯を流したのかもしれないし、主に『クレイジージャーニー』に由来する長きにわたる緊張状態がバグを起こしたのかもしれない。あるいは、それとは関係なく、10年という節目が単純に郷愁を誘ったのかもしれない。

が、PCの前で過去の写真を見ながら不覚にも浮かべてしまった涙目は少なくとも追徴課税の恐怖によるものではなかった。一つ一つの投稿に、たまらなく、たまらない気持ちになった。そういうわけで、その事務的な確認作業に思いがけぬ多大な時間を要してしまったが、それは然るべきノスタルジーであり、またとない邂逅であった。

4月19日の10周年のイベントではそうしたたまらない気持ちを感謝に変えて、少しでも伝えられるよう、努めたい。そして、改めて改まった感謝を胸に11年目も励んでいきたい。

という文章を11年目の初日である4月1日に投稿したかった。でも、どうしても間に合わなかった。そして、この物語はこれで幕を閉じない。この税務調査を追徴課税とセンチメンタリズムでは終わらせない。むしろ、ここからが本編だ。



話を家宅捜索(という仰々しい表現が正しいのかわからないけども)の朝に戻す。あの朝、くたびれたこの部屋で一体何があったのか。






10周年についてのお知らせ

J×Jは4月で丸10年になります。

10年前は10年後なんて永遠みたいな年月に感じておりましたが、経ってくれたと言うか、経っちゃったと言うか、経とうとしてます、10年。

33歳の時にオープンして、自身はもうしっかり中年で、諸先輩方からすれば10年なんてたかが知れてるとは思うものの、それにしたって店も同様、まあ若くはないです(実際、色々とガタが来てる)。

ゆえ、「いつまで誕生日を祝うのか」、「もういいかな」とも少し感じつつ、10年頑張ってくれたお店を今年はしっかり祝福したいと思っております。そして勿論、10年支えていただいたゲストの皆様にも御礼申し上げたい次第であります。

というわけで、少し気の早い告知にはなりますが、4月19日(土)に10周年イベントを開催したいと思っておりますので、よろしければご参加いただけますと幸いです。

J×J君、10年間、色々ありました。健やかなる時もやや病める時もありました。僕も多少はあれこれありました。それと同様に、10年前から今もなおご来店いただいてるゲストにもそこから10年があるわけで、そう考えるとやはり感慨深いです。

内容や詳細についてはこれから詰めていきますが、この10年の蓄積を総決算できるような日にしたいとは考えております。乾杯、よろしくお願いします。

2024年12月の営業についてのお知らせ

本当はもっとはやくこの記事(お知らせ)を仕上げて、周知したかったのですが、あれやこれやあり今になりました。まあ、毎年のこともでもあります。

というわけで、今回は12月の営業についてのお知らせです。J×Jは事業所立地にあり、毎年、多くの会社様より忘年会のご予約をいただきます(いつもありがとうございます)。今年も、有難いことにぼちぼち埋まってきてます。月末までの一週間でその動きはさらに顕著になるかと思われ、12月はとりわけイレギュラーな営業状況になりますので、下記にお知らせ致します。

まず、2024年の12月に関しましては6名様以下のご予約・お問い合わせを全面的に見合わせております。

お店にとっても難しいところではございますが、一番の理由は日頃お世話になっているお客様の忘年会のご利用を第一にしたいという気持ちがあります(一年の〆となる飲み会に使っていただけることはJ×Jにとって、とてもありがたいことだと考えています)。


第二に、スタッフ不足の問題があります。お店の都合になってしまいますが、いかんともしがたい障壁です。例えば2号店の8名様の貸切であればワンオペでも対応可能ですが、同じ8名でも2名様×4組となると、ウチの場合ワンオペは難しく、2人シフトが必要となります。2名様×6組となると2人でも厳しく、提供やサービスが後手後手になるのは明白。そして、2号店に2人、3人を配置する体制は現状ありません。今あるリソースで、今できる営業をやっていくしかない状態です。

お客様にはご不便おかけしますが、ご了承の程何卒よろしくお願いします。

また12月の忘年会の貸切利用においては、

①世界一周スタンダードコース(税込5,000円/2.5時間)以上のコースのいずれかからお選びいただくことになります(4,650円の世界一周カジュアルコースは貸切時にはご利用いただけません)。

②体調不良などによる若干名(1,2名)の人数変更に関しては当日のお昼12時までにお伝えいただければキャンセル料は発生いたしません。

③一方、貸切確定後、会そのものをキャンセルされる場合は予定されていた人数名様×500円をキャンセル料としてご請求させていただきます。貸切確定後は他のお客様からのお問い合わせを全てお断りすることになるので、こちらもご理解の程よろしくお願いします。


ご不便おかけすることもあるかと存じますが、何卒よろしくお願いします。




【秋葉原路地裏酔いどれ経済論】2024年10月、コース価格の改定について①

2024年ももう残りわずかです。

毎年のことですが、あっという間です。光陰は矢の如く、矢の如き光陰です。毎年思ってますし、毎年のように言っています。

そして、その体感よりも速いスピードで物価が上がっています。J×Jも段階的に価格の改定を行っておりますが、正直、ついていけません、苦。先日も(J×Jで言えば)、お米の値段が133.3%の値上げとなりました。これはあくまでお米だけの値段なので、現行メニューの売価にそのまま影響するわけではないですが、極論で言えば、1000円のランチが突如として1333円になるようなインパクトです。

飲食店経営に携わる者としてはこうした原価高騰はなかなかにシビアです。上記のお米の話で言えば、そして通常であれば、他の業者さんをあたればいいという話になりますが、他の業者も基本値上げしていますし、新たな業者を探す時間もない。そもそも既存の業者さんとの付き合いがあり、だからこその融通があります。そのあたりを考えると、やはりなかなか難しい。

原価の値上げの分だけ売価に反映させればいい、というもっともな話もありますが、それができるのはごく一部の店だと思ってます。揺るぎないブランディングが確立しており、他店と比べようながない突出した何かがある店。そうしたポジショニングができていれば、値上げの分だけ売価に反映させることができますし、近隣の競合のことは気にしなくてもいい。けど、それができるお店はおそらく本当にごく一部ですし、J×Jはそうしたごく一部のお店には該当しておりません。

というような部分を自分なりに精査・塾考した上で、現行のコース価格を11月5日以降、下記のように改定致します。

◆世界一周カジュアルコース     4,650円
◆世界一周スタンダードコース    5,000円
◆世界一周プレミアムコース     5,500円
◆世界一周デラックスコース     6,500円
◆世界一周エグゼクティブコース   7,500円

全コースとも2.5H制となります(2時間後にラストオーダーになります)。各コースの内容と詳細については整い次第、お知らせいたしますが、改定価格に見合った、あるいはそれ以上の価値を提供できるような構成にすることに努めます。

また、現時点で決定していることとしては12月の繁忙期、忘年会シーズンにおいては、

★貸切ご利用の場合はスタンダード以上のコースをお選びいただくことになります
貸切のための費用は発生致しません。単純に人数名様×コース料金となります。

ぐるなびホットペッパーなどグルメサイトを経由してのネット予約の場合、同じコースでも価格に差異が生じるかもしれませんので、重ねてご了承くださいませ(グルメサイトからのネット予約の場合、手数料が発生するため)。なお、食べログは手数料のコストが自店にとってはシビアなため、全面的にネット予約を受け付けておりません。

なお、12月に関しては6名様以下のご予約はお受けできないと想定しております。大人数による忘年会のご利用が多くなるということもありますが、スタッフ不足が深刻のため、単純に通常営業を対応できる体制が整っていないことが主たる原因です(採用活動は続けていますので、もしかしたらシフトが劇的に改善される可能性もありますが)。

以上、年末に向けて、あれこれの変更点が発生致します。大変恐縮ではございますが、ご理解とご了承の程、何卒よろしくお願い致します。