Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

<完結編>『J×Jの冒険』への冒険vol41.【沈没と船出】②

配水管から噴き出る水の圧力は未だかつて僕が経験したのことない未曽有のエネルギーだった。ゲリラ豪雨のように上から下に降り注ぐ雨にずぶ濡れになったことはあっても、遊びで滝に打たれたことはあっても、下から上へと突き上げるエネルギーに触れる機会というのはなかなかない。日常生活において対峙したのことないトワイライトゾーン(超常現象)が僕の目の前で、そして足元で激しく繰り広げられている。

 

 

必死に抑え込もうと破損箇所へとアプローチするが圧倒的な圧力の前に弾き返される。濡れるのは最小限に、という考えは捨てることにした。とことんやってやろうじゃないか、と意を決しての決死行。びしょびしょになりながら突っ込むと配水管がスパっと切断されているということを確認できた。その切断面同士を綺麗に重ね合わせることができれば水は通り、外に噴き出すことはない。が、それは容易ではない。力で無理やり抑えて一時は防いだとしても、手綱を振り切る馬のように水圧を以ってして水が暴れまわる。

 

 

その手綱捌きに苦戦しているところに幹事さんが店に戻ってきた。

 

 

「代わりの場所見つけることできたからさ、悪いけどそっち行くね」と幹事さんは言った。僕は店が無事に見つかったことに心から安堵した。「今日はほんと申し訳ありませんでした。また連絡します」と言った。

 

 

これでもう向き合うべきはこの水攻めだけだ。とにもかくにもこの洪水を食い止めなくてはならない。水が溢れ続ければ製氷機や冷蔵庫などその他の電気系統を破壊せしめない。明日は明日で絶対にコミットしなければならない55人を迎えてのレセプションなのだ。

 

 

根本的な解決は大元を閉める、ということになるのだが、管理会社と連絡が取れない以上、自分たちだけではなどうにもならない。であればやはり目下、足元の浸水をどう防ぐかだが、両手で抑え込むのが上策ではないことは十分に分かっていた。切断面同士をガムテープで接続させる、というのも一手。が、荒れ狂う水の前にそのストロークは困難だろう。タオルでぐるぐる巻きにするのも悪くなさそうだが、試してみたところやはり弾き返された。そうではなく、切断面に何かを挟めばいい。さすれば放出を回避しながら自分の体を動かすこともできる。そう思って、布、まな板、皿、挟めそうなものは全てトライしたが、全て徒労に終わった。しつこいけれど、ほんとにものすごいのだ、放水力が。

 

 

 

では、何を挟めばいいだろうか。

 

 

 

厚さは1㎝前後、ある程度の硬度があり、同時にある程度柔らかく、しなやかでなければならない。何か適したものはないだろうかと思索した結果、妙案がひらめいた。

 

 

掌だ。掌を差し込めばいい。

 

 

手であれば直接的に力が入るし(弾き返されない)、一定の硬度を保ちながら柔軟に滑り込ませることができる。手を犠牲にするということはそこから身動きがとれなくなるということだが、何もできないまま厨房設備にダメージを与えるわけにはいかない。

 

 

 

僕は目をつぶり、精神を統一させて作戦実行へと踏み切った。

 

 

 

切断面と切断面のわずかな隙間に強引に掌をねじこみ、

 

 

 

 

 

こういう状況を作った。

 

 

 

 

そりゃあもう痛かったけれど、耐えられないこともない。何よりこの作戦によって恐るべき浸水が止まったことにまずは一安心した。僕がここでこうしていればとりあえずの難は防げる。一番の窮地は脱したのだ。

 

 

が、勿論、根本的には何も解決されていない。管理会社には電話をかけ続けているが、依然応答はない。

 

 

となれば、まずは水道屋さんか。高額を請求される可能性もあるが、呼ぶしかなさそうだ。ところで、このトラブルの責任は店舗側が負うことになるのだろうか。そもそも水道管が破裂した原因はどこにあるのだろうか。浸水を食い止めたあたりから事態は急に現実感を帯び始めた。

 

 

まあ、とにかく呼ぶしかない。僕は水道屋さんに電話をかけた。

 

 

 

 

 

駆け付けた水道屋さんは惨状を見て、こう言った。

 

 

 

「申し上げにくいのですが、率直に言って大元が閉まらない限り、お手上げだと思います。私が代わりにそちらに行って措置を試みてもいいのですが、水が止まらないかぎり、修理を施すことはできないでしょう…。そして、改善の見込みがないまま作業に移っても無駄な費用がかかるだけです。今、こうしているだけであれば見積もり段階なので費用は発生しませんが…」

 

 

「つまり、どうしようもない、出来ることは何もない、ということでしょうか?」

 

 

僕は下から上を見上げながら、そう言った。ずぶ濡れの捨て猫ならぬ、捨て熊さながらに僕は水道水と汗と涙に暮れていた。

 

 

「はい、残念ながら…」

 

 

水道屋さんは上から見下ろす形で捨て熊にそう言った。

 

 

そして、こう助言した。「山本様、建物の中にポンプ室があります。そのポンプ室の鍵を開けることができれば、水を止めることができると思います。鍵屋さんを呼ぶことになりますが、それしかないかと…。あと、無責任なことは言えないのですが、通常、水回りの管理責任はメーターから先は店舗側、メーターより前は管理会社の管理になるはずです。今回の場合、メーターより前の破損になりますので、おそらく管理会社が補償してくれるのではないかと推察します。繰り返しますが、無責任なことは言えません。ただそういうパターンが多い、ということでご理解いただければと。そして、もしポンプ室を開けることができれば僕にも何かできることがあるかもしれません」。

 

 

 

「なるほど…」と一縷の希望を見出した熊は言った。

 

 

 

下記の図はうちの構造とは少し違うのだけど、イメージとして引用させていただく(写真は愛知県の水道会社さんのHPから拝借)。

 

 

 

 

今、店舗を沈没させている水は高置水槽から直下降しているもので、全然想像つかないけれど、何百リットルという桁違いの水が押し寄せてきている。

 

 

ちなみに、自店のビルの屋上にある高置水槽はこれ。

 

 

 

 

この中にあるありったけの水の流出が今、僕の掌によって抑えられているというわけだ。問題は自店のすぐ隣にあるポンプ室で、ここの動作を止めることができれば水も止まる。とういうのが水道屋さんの見解だった。

 

 

水道屋さんが退店したのち、今度は鍵屋さんに電話をかけた。30分程度で来ると言う。

 

 

 

 

この受難も終盤かとこの時思ったが、物語はまだようやく中盤に差し掛かったといったところだった。