Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

【外伝】加藤の冒険-無断欠勤編②-

「よくわからないな。何の症状で病院に行って、どれくらい遅れそうかを聞いたんだけど。それを報告してもらえないと対処のしようがないからさ」

 

 

こんなレスをしたところでまあ意味ないだろうと思いながら、とりあえず返信する。案の定、既読にはならない。出勤時刻をまわったところで電話をかけてみたが「お客様の都合によりお繋ぎできません」と通達された。そのアナウンスは彼の明らかな悪意とともに、ただならぬ事態であることを感じさせた。

 

 

さて、と腰をかけ、パソコンを閉じて、善後策について集中した。

 

 

おそらく今日彼が出勤することはないだろう。幸い、まるちゃんもいることだし、たとえ満席であってもどうにかなる。そして明日のイベントについては状況を見ながら考えるとして、明後日以降の通常営業に関しては、あれをこうして、これをああして、それをそうすれば、うん、加藤がこのままバックれたとしてはまあ何とかなるだろう、でも12月に関しては小手先じゃ乗り切れないな、その場合、云々…、といった具合で算段した。

 

 

この狂騒曲の中で、示されたものの一つは「意外とクールな自分」だった。「クール」であると同時に「薄情」とも言えるかもしれない。「まあ、しょうがないや」とあっさり割り切った。勿論、加藤に対するコミュニケーションの中で自分に落ち度はなかったかとネガティブチェックは繰り返した。オープンからの長期的なスパンで考えれば至らぬ部分はあったし、あの時こうすればよかった、こう言えばよかったという反省はある。けれど、小さな改善の積み重ねとともに、「教育」と言ったらおこがましいけれど、自分なりに誠心誠意取り組んだつもりだし、現状のベストは尽くしたつもりだ。

 

 

社会はその大小問わず、基本的には「他己完結」で構成されていると思う。良くも悪くも「相手がどう思うか」に帰結する。けれど、それ以前の前提にあるのは結局自分が相手に対してベストを尽くせたかどうかであり、今回の場合、「尽くせた」と認識している。そして、それが「届かなかった」。もし、ここに悔いがあるのであれば簡単には割り切れないだろうけど、そうでないのであれば後ろ向きになっても仕方ない。彼がどうであれ、この不始末の責は主体者である自分にある。そして、何にせよ、お店は動き続けなければならない。道は長い。ここで取り乱すわけにはいかない。

 

 

もう一つ、この無断欠勤が僕に示したものがある。それは「とは言え、お店の立ち上げは加藤と一緒にやれてよかったな」という感情である。そこには採用した自分及びこの8か月を正当化する意も含まれていたとは思うけど、このバックレは全てを無に帰すというものには成り得なかった。

 

 

以上、2つの見地により、彼がもたらした苦境にそう悲観することはなかった。残すは肝心の加藤本人への処遇だが、これもまた「無碍に糾弾してもしょうがない」というのが事件発覚当初の基本的な姿勢だった。しかし、今までも何度か笑えない粗相があった中で、今回の場合、そのケースと大きく違うのは迷惑をかける対象が予約を入れてくれているお客様や、全く無関係のスタッフやイベントの共同主催者にまで及ぶという点だった。先にも述べたように、たとえ事情がどうであれ責任をとるのは自分であり、迷惑をかけるのは何としても回避しなければならないし、それを最小限に留めるのが自分の責務となる。

 

 

 

そういうことを考えているうちに、次第に解釈が飛躍し、感情が沸騰していくのを感じた。仮に加藤がこのままバックれたとしても自分の責任の内に何とかする、何とかできると仮定する。しかし、このまま彼を野放しにするのは正しい判断なのだろうか。とりあえず店は何とかなったとしても、彼のバックレは少なからず周囲の失意を呼ぶ。彼はきっと次の漂流先でも同じことを繰り返すだろう。もしこれがこの先も続いていくのであれば、自分の知らないどこかで、自分の知らない誰かがこの悲しみを連鎖していくことになる。

 

 

 

やはり、このまま野放しにはできない。

 

 

不肖山本、この業、引き受けようじゃないか。この悲しみは俺が、ここで、断ち切らなければならない。

 

 

 

と、さながら「テロとの戦い」の様相を呈し始めてきた。

 

 

 

11月15日(日) 朝9時

 

 

 

「自分のケツの拭き方、考えます」という独りよがり極まりない返答が返ってきた。

 

 

 

「いやいや、自分でケツを拭けると思わないで。加藤が自分でどうこうできる範疇を超えてるから」

 

 

 

これを以って、作戦は速やかに実行に移された。