Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

【外伝】加藤の冒険-無断欠勤編①-

新年明けましておめでとうございます。旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

本来であれば新春とともに抱負などを掲げて、心新たに今年一年に臨むところなのだけど、これから記す物語は昨年の11月にお店に降りかかったミステリーについてである。僕は暮れから正月にかけて、この一大巨編の制作に取り掛かっていた。

 

 

昨今、ミステリーは過渡期にある。従来、その主眼は「誰が殺したか」に置かれていたが、最近の風潮では「誰が」ではなく、「何故」や「どうやって」にフォーカスするものが多くなっている。そして、これから僕が展開する物語もその風潮を踏襲し「何故」に焦点が置かれている。

 

 

加藤、27歳、4日間の無断欠勤。

 

 

4日間の無断欠勤と言えば、一般社会においては大罪に該当するであろう。実際、検事であり、同時に裁判官でもある自分自身、彼には情状酌量も執行猶予の余地もないと考えていた。けれど、結局、彼はその判決を覆した。

 

 

この文章は彼の罪を咎めるためのものではない。ましてや、醜態をひけらかすためものでもない。目的は違うところにあるし、この長い物語を書き終えた先に、その目的の一端にでも触れることができれば彼も、僕も、この文章も少し救われる。

 

 

2015年11月13日(金) 17時

 

 

ランチ営業が終わり、ディナーまでの休憩中、加藤は強い寒気とともに体調を崩しているように見えた。その様子に何度か声をかけたが、「大丈夫です」の一点。その日、予約で満席だったので心配しながらも何とか乗り切ってもらうしかない。小さな飲食店ではこのあたりのカバーリングが弱く、歯痒い。

 

 

同日24時

 

 

いざ営業が始まると、特に支障なくスムーズに動いていたので安心した。とは言え、これから12月という天王山を迎える。その前に「確認・報告・共有」について再度、注意喚起を促した。通常、僕は業務や作業については特にあれこれ言わない。売上に関わるミス(例えば、伝票の付け忘れ)にも怒ったりしない。ただし、「確認・報告・共有」については当初からその重要性を再三に渡って意識付けしているし、これを怠った時は執拗に迫る。チームで仕事をする上でこれ以上に大切なことはないと思うし、簡単そうに見えてこれを徹底するのはなかなか難しいことだと認識しているからだ。

 

 

「というわけで、体調が悪い時にきちんとそれを共有するのもチームプレイにおいて重要なことだし、ていうか、そもそも加藤の仕事の一環だから。それをしないのって言ってしまえば怠慢だからね。そこだけはくれぐれもよろしく」

 

 

「はい、わかりました。体調悪い時は素直に病院に行きます。でも今日に関してはほんとに何でもないので。大丈夫です」

 

 

そんな感じだった。

 

 

補足すると、加藤は常に何らかを患っている。鼻水や咳など風邪に由来するものもあれば、親知らずなどの重度の歯痛、洗剤かぶれによる「ひび・あかぎれ」、大きいところで言えば大腸の疾患(これは病院に行って治療済み)など、他にもまだまだある。好意的な言い方をすれば、思いのほか「繊細」なのだ。はっきり言って、メンタル面にしても同様で、その繊細さは思春期真っ只中のガラスの貴公子さながらだ。この貴公子っぷりについては採用当時の僕の想定を遥かに凌駕している。はっきり言って、僕は彼のこうした部分を十分に把握できていなかった。

 

 

加藤からすれば、そういった弱い部分を自他に晒すのは彼のプライドが許さない(って、そんなものはプライドでも何でもないのだけど、まあ感情としては理解できる)。一方、僕からすれば、彼にそうした傾向があるのであればなおさら体調に関する「確認・報告・共有」を徹底してもらわなければならない。

 

 

でも、この日は彼の「大丈夫です」という言葉を全面的に信用することにした。この8か月において嘘や虚勢は一目見ればわかるようになった。少なくとも「体調」に関して言えば、問題なさそうだった。

 

 

2015年11月14日(土) 犯行当日 14時

 

 

出勤30分前、自転車で隅田川を渡っている最中に加藤からLINEが届いた。

 

 

「今日、昼から病院いってて、ちょっと長引きそうです。遅れて出勤しても大丈夫でしょうか?」

 

 

自転車を降りて、これに返信した。隅田川の上は小雨とともに、強く冷たい風が吹いていた。

 

 

「それじゃ報告になってないよ。何の病院?そして“ちょっと”っていうのはどれくらい?大体の見込みでいいからさ」

 

 

その日は予約で満席だった。次の日はイベントで貸切。やらなければならないことは山積みだったし、それは加藤も把握してるはず。それを承知で、ということはよほど重たいのだろうかと勘繰った。昨日の「大丈夫です」はやはり虚勢だったのだろうか。しかし、いずれにせよ彼のその報告は不十分だった。

 

 

 

様々な推察と感情を錯綜させながら、自転車を漕ぐ。

 

 

 

15分後、

 

 

 

加藤から返ってきたLINEは、

 

 

 

「もう疲れました。すいません」

 

 

 

というものだった。

 

 

 

 

 

そして、これより4日間にわたる無断欠勤が始まる。