「作戦」の目的は2つ。
1つめは「どこにいるかもわからない加藤を戦場に引きずりだすこと」。
2つめは「その時、彼に嘘をつかせないこと」。
1つめは比較的容易だけど、問題は2つめだった。要は彼が嘘に嘘を重ねるのを防ぐための包囲網を敷けるかどうか、が作戦の争点だった。作戦の全容についてはここでは触れない。本筋から離れるし、あまりに長くなる。けれど、その包囲網は迅速に、そして強固に用意された。「嘘をつく」というのは「嘘をついたほうがいい」と思うからつくのであって、そのメリットを封じてしまえば、その嘘は意義も目的も失う。
日曜日のイベントも、月曜日の予約も無事に大過なく乗り切ることができた(だからこそ、こんなブログを書けている)。そして、火曜日。定休日である日曜日に営業した振替として、この日のディナーを休み、巌流島とすることとした。無断欠勤も4日目となる。ロスタイムにも間もなく笛が鳴る。
2015年11月17日(火) 夜
この巌流島における僕の落としどころは「事情を聴いて、説得して、引き続き働いてもらう」というものではなかった。いかなる事情があるによせ、また自分や職場に対してどんな不満があろうとも、己の無責任によって罪の無い人々を巻き込んだことは紛れもない事実であって、これに情状酌量の余地はない。断固、刎ねるつもりだったし、重複になるけども、今後同じような目に遭う人を一人でも少なくする、という一点だった。
約束の時間は21時。特に冷える夜で、外は冷たい雨がしとしとと降っていた。
いつもは営業が終わったあと、ビールを飲んだり、まかないを食べるテーブルの上にだけ灯りをともし、あとは腕を組んでじっと待っていた。
21時ちょうど、加藤は来た。
「さて、加藤」
と僕は言う。
「とりあえず鍵、返して」
加藤は黙って、テーブルの上に鍵を置いた。
「一応、理由を聞いておこうか」
加藤は下を向いたまま、うつむいている。沈黙。
「その前に言っておくとね、加藤が4日も休んだもんだから、俺もそれなりに準備したから。嘘をつけないようにね。本当のことを言った方がいいと思う。ちょっとでも嘘をつこうものなら、多分、加藤が想像している以上にひどいことになる」
まあ、半分は本当だけど、半分はハッタリだ。
「君、今、きっちり、崖っぷちだから」
加藤は下を向いたまま、うつむいている。沈黙。
「加藤、集中しろよ」と僕は言う。
沈黙。
「集中しろ。緊張しろ。誠実に。そして、嘘をつくな」
沈黙。
「どうぞ」
「実は…」と小さな声で加藤は口を開いた。
「俺、3月にこっちに来てから、山本さんにずっと嘘をついてて…」
さあ、どんな鬼が出るか…。どんな蛇が出るか…。
「じ、実は…、こ、こく…」
そして、俺はその蛇に耐えうるだろうか…。
「国民年金を払ってないんです…」
…。
…。
な、なに?
年金?
国民年金?