Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

山本ジャーニーの国家権力と10周年への冒険-後編-

話を家宅捜索(という仰々しい表現が正しいのかわからないけども)の朝に戻す。あの朝、くたびれたこの部屋で一体何があったのか。

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後藤さんの後輩にあたる阿部君(仮名)がベッドの下のスペースにスーツケースを見つけた。

「後藤さん、ベッドの下にスーツケースがあります」

現場に緊張が走った。おそらくは後藤さんの先輩にあたる、寡黙な五十嵐さんもその発見に静かに反応した。

「山本さん、中、見ていいですか?」

「…。どうぞ…、ただ…」と、我ながら不気味な苦笑いを浮かべ、私は言う。

山本「ただ…、何も入ってないですよ…。もしかしたら何かは入ってるかもしれませんが、少なくとも皆さんがお探しのものは入ってません」

後藤さん「わかりました。ではチェックさせていただきますね。阿部君、中、見て」

阿部君「わかりました」

山本「ちょっと待ってください…。実はですね…」


私は意を決した。やれやれ、なんて日だ。「やれやれ」とも言いたくなるし、「なんて日だ」とも言いたくなる。


山本「実は恥ずかしくて、ちょっと言いづらいのですが…、この前ベッドが壊れまして…、前脚が折れたというか曲がったというか…。だからベッドが傾いてるんです…。で、応急処置として、ちょうどいい高さだったそのスーツケースで支えてるんです…」


後藤さん「…」

阿部君「…」

五十嵐先輩「…」


山本「さらに言うと、スーツケースの隣に毛布にくるまった炊飯器があると思うんですが…」


後藤さん・阿部君・五十嵐先輩(以下、国家)「…」


山本「スーツケースだけじゃバランス取れなくてですね…、左ウィングはスーツケースで支えて、右ウィングは炊飯器で調整してるんです」


国家「…」


山本「まあ正確に言うと、右ウィングは炊飯器と毛布ですが…(炊飯器だけでは微妙に高さが足りなかった)」


後藤さん「…。一応、中身、見させてもらいます…。阿部君、よろしく」


阿部君「(スーツケースをゴソゴソ…)何もないですね…」


国家と山本「…」


阿部君「炊飯器も見ますか…?」


後藤さん「見よう…」


私は一抹の不安を覚えた。果たして、私の体重を支え続けた炊飯器の蓋は無事に開くのだろうか?もし、ここで蓋が開かず、この炊飯器がこのまま押収されようものなら、今宵、私は何を拠りどころにして眠ればいいのだろうか。何もない辛気臭い部屋の中で、苦心した末にようやく導き出した「炊飯器」と「毛布」という黄金律だったのに…。


だが、それは杞憂に終わった。蓋は無事、開いた。国家と私はあの独特な速度で上がっていく炊飯器の蓋を、人生史に残る沈黙とともに静かに見届けた。炊飯器にとってみても、それぞれの思惑が複雑に交錯するこれだけの緊張状態にさらされるとは予想だにしなかっただろう。どれだけ美味しい炊きこみご飯が炊きこまれようとも、さすがにここまで注目されることはない。中には勿論、何もない。隠された貴金属も、暗号資産のデータが詰まったUSBも、ひからびた米粒もない。何故なら、今、その炊飯器は私の眠りと致命的な体重を支えるベッドの脚なのだから。


そして、国家と私は協力し、ベッドの脚(炊飯器)を静かに所定の位置に戻した。おそらく、この炊飯器(ならびにそれをベッドの下に戻すという行為)は、国税庁の長く険しい厳粛な歴史において、前代未聞の空前絶後として、その名を刻んだに違いない。蓋を開けて中身を探ることはあったとしても、被告人とともにベッドの下に戻すことはこの先なかろう。



2025年4月13日現在、恥ずかしながら、今もなお、スーツケースと炊飯器(と毛布)は所定の位置に鎮座している。風神と雷神みたいに。いい加減、新しいベッドを新調しなくてはならない。みっともないにも程がある。それはわかっているし、いくら忙しいと言えど、こんなブログを書いているのだから、ベッドを組み立てるぐらいの時間と余裕はさすがにある。だが、どうしてもその前に自分はこのブログを書き上げたかった。正義を掲げることや、不備を正すことは誰にでもできるが、この文章はどう考えても自分にしか書けない。


ただ、国家よ。


炊飯器のお釜の下をチェックしなかったのは詰めが甘かったな。


という文章を11年目の初日である4月1日に投稿したかった。でも、どうしても間に合わなかった。そして、4月1日は11年目の初日でもあるが、嘘が許される日でもある。11年目の始まりの日にエイプリルフールを盛大に謳歌するのもまた一興、と思っていた。しかし、今日は嘘をついていい日ではないので、明言しておく。お釜の中に何もなかったように、お釜の下にも何もなく、かつて炊飯器だった炊飯器は今もなお、ベッドの脚だ。


こんな文章を書けることも、ベッドを新調できることも、日々の営業のおかげ。


その「日々の営業」はJ×Jの10年に関わっていただいたスタッフと、今まさに働いてくれているスタッフ、そして勿論、日々のゲストの皆様のおかげ。

さらに言うなれば、

私が毎日のように買い出しに行くライフの無人レジの背後で、不正がないかをチェックしている従業員の皆様や(この一文は特定の方に向けています。ただ、実際にライフがなければJ×Jの日々の営業は成り立たない)、

そして、ライフだけでなく、取引先や業者さん含めた全ての事業体、

また、国税庁のみならず、国家のみならず、地方自治体含め、「全体の奉仕者」と憲法で規定されている方々の働きによって保たれるフェアと公正が、この途方もない「循環」と「相関」を支えているのだと思います(今日はエイプリルフールではありません)。


突如として壮大なスケールになってしまったけれど(まあ、意図的にそうしたのだけど)、まあ、10周年というメモリアルだからいいでしょう。そして、このブログをこの10年の全てに感謝とともに捧げます。


されど、国家よ。


本当は10周年イベントにお越しいただき、一緒に乾杯したいところですが、それは叶わぬことだと承知しております。それに守秘義務の問題だけではなく、単純にお酒が飲めないともおっしゃっていました。


ならば、いつか一緒に卓を囲んで、麻雀しましょう。その際はフェアも公正も奉仕もさておき、「相関」も「循環」も関係なく、我々4人で歴史を動かした(炊飯器をベッドの下に戻した)あの朝のことを思う存分に語らいたいです。


いつなんどきも必要なのはリスペクトとユーモアだと思って、日々を生きてるつもりです。時に真に受けてしまって、しんどい時もありますし、へたることもありますが(本件は久々にこたえたぜ)、このようにして11年目も励んでまいります。


後藤さん(仮名)、


嘘だったのか、本当だったのかわかりかねますし(懐柔だったのか、ある種の宥和政策なのか)、


いずれにせよ、税務調査の一環であったのも理解しておりますが、


なんであれ、ブログ、誉めてくれて嬉しかったです。