Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

『J×Jの冒険』への冒険vol37.【所信表明と桜演説②】

まだ物件が決まる前、2014年の12月、休みの日に中野に飲みに行った。12月という繁忙期の真っ最中で、僕はくたくたで、とにかく疲れていた。気分転換にと思って中野に向かったわけだけど、飲めば飲むほど自問が頭の中を駆けまわる。

 

 

「自分にとって飲食業とは何か?」

 

 

という、根本的でありながら、やや面倒くさい、自問。

 

 

この問いに迫れば迫るほど本質は形を変えて、すり抜けていく。新緑が枝分かれし、生い茂るように問いが問いを呼ぶ。そもそも何故飲食業なのか。店で何をしたいのか。自分にお店をまわす能力と度量はあるのか、など。日頃からぼんやりと考えていることではあるけれど、その頃は日々の忙しさに圧倒されて、改めて突き詰めようとも思わなかったし、その余裕もなかった。立ち止まることもなく、振り返ることもなく、ほとんど慣性で動いていたような気がする。

 

 

けれど、現実が独立に迫る中で、と言うより、独立が現実に迫る中で、自分を突き動かしてた慣性がすっと引いていった。だからこそ、せわしい毎日の中に身を潜めていた「そもそも論」が急に浮かび上がってきたのかもしれない。

 

 

飲食業は一般的に見てタフな世界と言えるだろう。勿論、どんな仕事にも大変なポイントがあって、だからこそ報酬や給料という形で還元されるわけだけど、その中でも飲食はとりわけタフだと思う。労働時間も拘束時間も長いし、そのわりに給料がいいわけでもないし、立ち仕事で身体への負担も大きい。休日は少なく、連休をとるのも難しい。友達との時間も、恋人との時間も限られた時間の中でこねくりまわさないとならない。小難しいことを言えば投資額が大きいわりに利益率は低く、ROIは最悪、固定費は高く、変動費のコントロールも難しい。ある程度の成功を収めないかぎり、レバレッジもきかない。反対に、いいところもたくさんある。メリットは人それぞれ色々あるだろう。それに同じ物事もその人の解釈によってポジティブにもなるし、ネガティブにもなる。一概には言えない。

 

 

結局、悶々としたものを払拭できないまま店を出て、駅に向かって歩き始めた。こんな気持ちのままじゃいかんなあ、と思いながら。

 

 

その時、ある夫婦とすれ違った。歳はおそらく60歳前後で、旦那さんが前を歩き、その少し後ろを奥さんが歩いていた。

 

 

 

 

 

すれ違いざま、奥さんが前を歩く旦那さんの背中に言った。

 

 

「お父さん、今日、楽しかったね」

 

 

と。

 

 

 

 

 

すれ違う一瞬のことだったので、お父さんの反応はわからないし、それ以上の会話も聞き取れなかった。勿論、奥さんが何を指して「楽しかった」と言ったかは知る由もない。可能性はいくらでもある。けれど、時間帯や表情や足取りからして「どこかで食事をして、お酒を飲んだ帰り」と考えるのは自然なことのように思えた。

 

 

 

 

 

これだ、と思った。

 

 

 

 

ゲストの「今日、楽しかったね」を作るのが自分にとっての「飲食業」だ、と。

 

 

 

 

 

考えてみれば、「今日、楽しかったね」を作ったり、手伝えたりする仕事はありそうであまりない。楽しいモノを作っても、楽しいサービスを提供しても作り手からユーザーに届くまでに時間的、物理的乖離があるのがほとんどで、作り手が直接的にそういうシーンに立ち会う機会はなかなかない。その点、飲食は生産即消費がその場で行われる。そして、次から次へと行われる。つまり、ゲストの「楽しい」を自分たちで作ることができる、自分たちで手伝うことができる。それを目の前で見ることができて、時と場合によって、共有することができる。

 

 

 

 

 

と、考えれば、けっこう尊い仕事じゃないか、飲食業。

 

 

 

 

 

世界の料理を出すことやお酒を作ることは手段の一つでしかない。気の利いた接客も、コミュニケーションも空間作りも同様で、それぞれを段階的に高めていく努力は当然として、かと言って、自店にとっての主題ではない。根本的に考えるべきは「どうすれば、楽しかったね、と言ってもらえるか」だと思っている。そこに至るまでのアプローチとして、料理があり、お酒があり、接客がある。極端に言ってしまえば、世界の料理に興味がなくても、コミュニケーションを求めていなくても結果的に「あー、楽しかった」と言ってもらえれば、それでオッケーであり、それでハッピー。「あー、美味しかった」と「あー、楽しかった」のどちらかであれば後者を目指したい。そして、「楽しませる」のではない、「楽しかった」と言ってもらいたい。微妙だけれども大切なニュアンス。主語は店ではなく、ゲストにある。

 

 

 

 

「というわけで、僕たちの仕事はお客さんの〝今日、楽しかったね"を作ることです」

 

 

 

 

 

 

 

と、一分咲きの桜の前で表明した。

 

 

 

 

 

 

以上が桜演説の前文。

 

 

 

 

 

 

本文に続く。