Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

あかねの冒険

「正直、私、生のお魚って苦手なんですよね…。苦手というか、今までほとんど食べてこなかったというか…」

仲良くさせていただいてる近所の海鮮居酒屋で、極上のお刺身を食べながら、僕は心の中の動揺と落胆を悟られぬよう、極力、平静を装った。

「どうしても生臭く感じちゃうんですよね。と言うか、クセがあるものがダメなんです、きっと。あ、でも酢飯は好きです。ちっちゃい頃、回転寿司屋さんでネタだけ外して、下の酢飯だけ食べてました」

「なるほど…。なるほどね…。じゃあさ、好きな食べ物は何?」

動揺も落胆も隠し通せていないだろう。多分、顔に出てしまっている。それも致し方あるまい、寿司屋でネタを外してシャリだけ食べるという愚行にどうして平静でいられようか。ああ、俺は今、君にドン引いてる。けれど、そんな不安をよそに、あかねちゃんはどこまでも屈託なく、どこまでも真っすぐに、

 

「ハンバーグとポテトです」ときっぱりと答えた。

 

「そっか…。そっかー…」

 

そうだよねー、美味しいよね、ハンバーグとポテト。だよねー。そだねー

 

「じゃあ普段、友達とエスニックとかそういうとこには行ったりしないってこと?」

 

「行ったことないですね…。あ、でも、パスタとピザは好きです」

 

だよねー。

 

「ちなみにパクチーは?」

 

「食べたことないです。多分、私、クセがあるもの全般、無理だと思います」

 

そだねー

 

サビを見失ったメロディーが抑揚なく無気力にリピートするかのように、僕は何らの手応えも突破口も見い出せないまま、四苦八苦した。たとえ相手がどうであれ、お酒を飲みながら一定の時間を共有していれば、どこかしらに「ポイント」を掴めるものだと自負していたが、あかねちゃんとの飲みにおいて、それは煙のごとく僕をすり抜けていった。

 

J×Jにジョインしてくれることが決まる前に一度、面接を兼ねて一緒にお酒を飲んだ。この日は二度目のお酒で、すでに採用は決めていた。あかねちゃんは多国籍料理店という「クセそのもの」の中で働くことができるだろうか。いや、もはやそれは決定事項なのだ。すでに幕は切って落とされている。あかねちゃんはクセそのものと戦わねばならないし、僕は彼女の偏食というクセと戦わなければならない。双方に、血と汗は流れる。

 

今後、好き嫌いは最初の面接の時に聞くようにしようと戒めて、話題を変えることにした。まだ社会人2年目なので「仕事観」と言えば大袈裟だけど、この一年で「仕事」のどういう部分に楽しさや面白味を感じたかをちょっと聞いてみよう。業態は違えど、同じ接客業として通ずるものがあるだろうし、今後どう進めていくかのフックになればいい。

「あかねちゃんは1年、アパレルで働いてみてどうだった?」

 

「どうだったと言われましても、特に何も…」

 

ハンバーグとポテトです、と言ったキレはどこにもなかった。けれど、確かに俺の質問が悪い。質問はもうちょっと具体的にすべきだ。

 

「そしたら、1年働いてみて最も嬉しかったことは?」

 

「特にないですかねえ…。まあ、お客さんが買ってくれたら嬉しいですけど…」

 

「じゃ、じゃあ、この1年の中で最も印象的だった1日は?」

 

「うーん…、印象的だったことも特にないですね…」

 

この返答については、もはや苦笑いすらできなかった。


帰り際、「しんさん、ここのお魚は美味しいと思いました。私、初めてこんなにたくさんお魚食べました。ここ、すごいですね」とあかねちゃんは言った。やや上からかい、と思いながらも、同時にどうにか救いとなる一言となった。

 

この日からあかねちゃんの冒険が始まった。

 

そして、2年経ち、昨日、あかねの冒険が終わった。


「何食べたい?」と聞くと、きまって「タイ料理」と答える。「どこ行きたい?」と聞くと、「千寿司」(近くのお寿司屋さん)と言う。苦手だったパクチーも辛いものも今では好んで食べる。性格に多少の難はあるけれど、性格に難のない25歳女子なんて皆無に等しいし、むしろ多少の難はある意味健全である証拠だ。そして、そもそも僕の性格にも難はある。勿論、ある。

僕にどれだけ怒られても次の日、必ず出勤した。仕事を理解できる仲間に愚痴を言いたいこともたくさんあったろうに、残念ながら愚痴を言える相手はともかく、愚痴を心から理解できる相手は僕しかいなかった(地獄だ)。そうして500日が過ぎ、仲間ができたころには茜は先輩になっていた。そのようにして残りの250日を過ごし、750日間、無遅刻・無欠席を続けた。

 

「ここで私が突然、休んだらお店もシンさんもどうなっちゃうかなー」と考えた日は少なからずあったと茜は振り返る。思うに、人間はここで二手に分かれる。そう思ったとしてもそうしない人間と、そうしちゃう人間だ。茜は前者であった。自分が苦手とするものやストレスを感じるものは徹底的に牽制し、自分の好きなものだけをおもむくままに取り入れ、みょうがとしょうがの違いもわからぬまま、「maybe」や「same」の意味も定かでないまま、極端に狭い了見の中で、とにもかくにも走りきった。「無遅刻・無欠席なんて社会人であれば当たり前のことじゃないか」と思う人もいるかもしれない。けれど、僕はそうは思わない。飲食業も、J×Jという店も、僕も、甘くない。とことん甘いところもあるけれど、とことん甘くない部分もある。

でもだからこそ、見えてくる物事があり、広がる風景があると信じている。何ら険しさのない山道の先に胸が高鳴る景色は用意されていない。と、そう思う。これ以上言うとブラック飲食店の気配が漂ってしまいそうなのでやめるけど、本当にそう思う。

茜は数か月後に世界一周の旅に出る。

多分、彼女らしい世界一周を彼女らしく旅すると思うのだけど、きっと楽しいことばかりではない。苦手な食べ物だってたくさんあるだろうし、苦手な人にも会うだろう、愛想を尽かすこともあれば、愛想を尽かされることもあるだろうし、嫌な気分になることも少なからずきっとある。勿論、逆のこともたくさんあるはずで、それ全部ひっくるめて旅であり、冒険だと僕はやはり思う。そう考えれば、J×Jでの日々もある意味で旅と似たようなものだと感じなくもない(どのような仕事もそうだと思うけど、より人と人がダイレクトである点において、飲食店は旅先に似た生々しさがある)。とにもかくにも、何はともあれ、走りきってほしいなと切実に願う。その先には汗をかいた分だけの景色が広がっているだろう、きっと。


J×Jの立ち上げを共にした初代のスタッフ(K)は不本意な形で(僕にとっても、おそらく彼にとっても)、J×Jを辞めてしまった。本来であれば丁重に扱わなければならない茜だったが、僕はそれをできなかったし、しなかった。むしろ、Kよりもさらに遠慮なく、容赦なく、本気で一緒に仕事をさせてもらったことに僕は心から感謝してるし、ゆえ、僕の中でこの先もずっと生き続ける経験になるだろう。


いささか気の早い話だけれども、一周から帰国後、茜がどうするかは僕にはわからない。でも、誰かが茜を面接することがあれば、その面接官に是非、聞いてみてほしい。




「じゃ、じゃあ、その秋葉原での2年間の中で最も印象的だった1日は?」と。

 

 

 

【作品紹介】ジャーニー映画祭2018/4月29日(日)の部

今回は映画祭2日目、4月29日(日)に上映予定の3作品の紹介です。

まず初めに16時の回は『ロミオ&ジュリエット』。

言わずと知れたシェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』を現代版にアレンジした1996年公開の映画。『ギルバート・グレイプ』や『レヴェナント』での演技がとにかく圧倒的なディカプリオだけども、単純なカッコ良さで言えばこの時が一番なんじゃないかなあと思う(当時22歳)。映画自体もとってもファッショナブルで斬新。アロハシャツを着ながら、銃をぶっ放すロミオ、最高です。

が、それより眩しいのはジュリエット演じるクレア・デーンズ

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この水槽のシーン、「映画史に残る最も美しい視線」だと思ってます(ちなみに「映画史に残る最も美しい背中」は『アイズ・ワイド・シャット』のニコール・キッドマン)。その後のキャリアは今一つパッとせず、結局本作が代表作となったクレア・デーンズでありますが、とにかくこのジュリエットが破壊的にいとうつくし。6作品流すんであれば一本ぐらい恋愛映画がないとなあと思ってチョイスした映画でありますが、と言うよりも、久しぶりに水槽越しに痺れたい(これ以上は気持ち悪くなるのでこのへんで)。

 

次、『ダークナイト』。

ダークナイト』もまた後世に語り継がれる作品であろう1作。言い始めたらこれこそキリがないのだけど、監督であるクリストファー・ノーランジョーカーを演じたヒース・レジャーの常軌を逸した才覚に尽きる。24歳で『Tommorow never knows』を歌った桜井さんもすごいなあと思うけど、28歳でこの堂々たる狂気を演じたヒースに戦慄が走ります。彼は公開を待たずに急性薬物中毒で亡くなってしまうのだけど、今もなお遺憾、極めて遺憾。ここまでぶっ飛べる俳優はダニエル=デイ・ルイス(役者の頂点でしょう)以外、いないんじゃないかと思う。

 

で、最後は『コヨーテ・アグリー』。

 最後はポップに、カジュアルに、とにかくスカッとしましょうということで。アメリカのクラブ(と言うかバーと言うか)が舞台のお話しですが、飲み屋さんで働いてる人にとっても、飲み屋さんによく行く人にとっても、少なからず良くも悪くも刺激になる映画でしょう。内容的には特にあれですが、作中の英語の使い方とかがけっこう好きです。そして、ちょい役で出てるくジョン・グッドマンが好きです。コーエン兄弟の映画によく出てくるジョン・グッドマン、昔から何故かやたら好きです。

以上、2日目に上映する映画の紹介でした。ご参加、楽しみにしてます!!

 

【作品紹介】ジャーニー映画祭2018/4月28日(土)の部

今回はブログの本筋から外れて、今月末に予定している「ジャーニー映画祭」についての紹介記事となります。

4月28日、29日と2日間にわたって映画祭を開催します。前々から、「GWに何か軽いイベントやりたいね」とお店でスタッフとあれこれ話していたところ、「ヤマモトさん、カンヌ映画祭って毎年5月にやるらしいですよ。映画祭よくないすか?」というスタッフからの提案を受けて、今回初めて取り組むことにしました。

と言っても、仰々しくするつもりはなく、「なんとなく映画が流れていて、飲みながら、食べながら、なんとなく見る」という会にしたいと思ってます。なので、「集中して映画を観たい」という人向きではないのでその点については予めご了承くださいませ。

参加費は両日とも飲み放題フード付きで5,000円(16時~23時までの間、何時にご来店いただいても、ご退店いただいてもかまいません)、2ドリンク/フード付きで2,500円と致します。フードは別途お店で取り組んでいる「300品チャレンジキャラバン」の中からランダムでお出しします。ビュッフェ的なスタイルになりますので、「いろんな料理を少しずつ食べられる」というのも今回のイベントのポイントになります。


さて肝心の映画になりますが、初日の28日土曜日は下記3作品を放映予定です。

 

・16時~   『ハングオーバー!』
・18時30分~ 『ランボー
・21時~   『スワロウテイル

*なお今回は2号店BOXに貼ってあるポスターの映画群の中からセレクトにしました。

せっかくなので簡単に作品紹介いたします。まず、オープニングを飾る『ハングオーバー!』です。

 比較的最近の公開ですし、その後シリーズ化されるくらい人気のコメディー映画なので観たことある人も多いかと思います。オープニングを飾るのはこれくらいラフな方がいいかと思い、セレクトしました。ただひたすらの二日酔い(ハングオーバー)ムービー。きれいさっぱり中身なんてないのだけど、その空っぽさがたまらなく魅力的です。GW初日の夕暮れ時にふさわしい映画と言えるのではないでしょうか。

お次は、『ランボー』。

ランボー [DVD]

ランボー [DVD]

 

先日、友人と『ランボー』の話になり、「1作目がどんな内容だったか覚えてる?」と言われ、ハッとした。全然覚えてないのである。筋肉ムキムキのアクション映画という認識だが、それは2作目以降であり、1作目はかなり重厚でシリアスな作品である、とのこと。ベトナム戦争の帰還兵である主人公ジョン・ランボーPTSDを描いていると友人は言う。「えー、そんな感じでしたっけ?」と自分でも色々調べてみたけれど、何を見てもどうにもこうにも評価が高いのです。通常、他人のレビューというのは気にしないけれど、断片的な記憶と先入観とのギャップも相まって、俄然興味が湧いているのです、ランボー。というわけで、2作目にチョイスしました。ハングオーバー!との落差がけっこう激しいかもしれません、悪しからず。

そして、初日のトリを飾るのは『スワロウテイル』。

スワロウテイル

スワロウテイル

 

これはもう、僕にとっての青春そのものです。公開当時、中学1年生だったかと思いますが、この作品を通じて自分の中で初めて「芸術」という概念が生まれたような気がします。これがゲイジュツってやつだ、って思いました。岩井俊二作品はどれも好きで、どれも青春で、どれも芸術ですが、『スワロウテイル』がぶっちぎってます。

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むかしむかし、円が世界で一番強かった頃、その街は移民たちであふれまるでいつかのゴールドラッシュのようだった。円を目当てに円を掘りに来る街、そんな街を移民たちはこう呼んだ。


円都《イェンタウン》


でも日本人はこの名前を忌み嫌い自分たちの街をそう呼ぶ移民たちを


円盗《イェンタウン》

と呼んで蔑んだ。


ちょっとややこしいけどイェンタウンというのはこの街とこの街に群がる異邦人のこと

頑張って円を稼いで祖国に帰れば大金持ち、夢みたいな話しだけど何しろここは円の楽園...イェンタウン。

そしてこれはイェンタウンに棲むイェンタウンたちの物語。

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というところから物語は始まります。


バブル経済が崩壊した直後に公開された映画というところも面白く、「円」をモチーフに、過度に加熱した資本主義や貨幣経済への警笛やアイロニーを散りばめてるような気がします。価値経済やトークンエコノミーが叫ばれてる現代から遡って考えてみると、『スワロウテイル』は予言的なパラドックスだったのかもなあ、なんて思ったりもします。登場人物達が日本語・中国語・英語(加え、それらを混ぜた言語)を話す無国籍な世界観も現代のグローバリゼーションを表象するかのようです。

と言っても、内実、そんな難解な映画ではなく、とにかくスタイリッシュでクールな映画です。若かりし、三上博史江口洋介CHARA渡部篤郎桃井かおり伊藤歩、大塚寧々、隅から隅までひたすらカッコいい。公開から20年経ってますけど、色褪せるどころか、逆に今観たほうがぶっ刺さるのではないかと思うくらいであります。

というわけで、以上が28日(土)に放映する3作品です。近いうちに翌29日(日)に流す映画も紹介したいと思います。

 

J×Jの石の上の4年目への冒険

「3周年の時は感慨深かったな」

と、三か月前くらいに知り合いの飲食店経営者が言っていたのを思い出した。その方は先日5周年を迎えたところで、僕にとっては遥か先を走る先輩にあたる。

 

「やっぱり3年ってひとつ節目だと思うんだよね」と彼は続けた。

 

J×Jも無事、4年目を迎えることができた。皆様の日頃のご愛顧に厚く御礼申し上げます。けれど、先輩が言った「感慨深さ」があるかと言うと、実際そうでもなかったりする。日々をこなすのにわりと精一杯で、予期せぬ事態が次から次へと持ち上がる。どれだけ遠くまで見通したとしても、どれだけ細部まで目をすぼめたとしても、不測や想定外は鮮やかに、そして劇的に、神出鬼没を繰り返す。

 

石の上にも3年、という諺がある。先輩や上司が若手によく言うフレーズだが、誤用とまでは言わないものの、この用い方にはいささかの強引さがある。「3年」というのはあくまで「ある一定期間」を喩えた表現であり、具体的な年数として「3年」を示したものではない。「石の上に座ると最初は冷たいけれど、ずっと座り続けているとそのうち自分の体温であたたまり、そのうち石そのものがあたたく感じるようになる」というのがこの諺が意味するところだ。

 

3年前、知人や身内、友人から多大なる応援やお祝いをいただいてオープンすることができたJ×Jであったが、それは物事の一側面であり、そうした一側面だけで立体性は保てない。お店は継続できない。他方から見ればJ×Jが腰を下ろしたその石は、多くの石がそうであるように、とても冷ややかなものであった。ゼロから物事を始める時に伴うその冷たさに動ずることなく、平常心を以って居座るのにはそれ相応の覚悟と根気がいる。辛抱強く我慢すればやがて物事は好転する、とそんな甘いことは思わない、けれど、「耐えないかぎり、石は温まらない」、これも事実であるように思う。げんなりすることも、がっかりすることもあるけれど、投げ出したり、腐ったりさえしなければゼロにはならない。100になることはないかもしれないけれど、ゼロになることもない。

 

1年目の夏に男女6人でご来店いただいたゲストの中で、急に体調を崩し、途中で帰られた女性がいた。全員近くに勤める会社員の方々で、それから半年ぐらいして今度はその6人を含めて大人数の貸切でご利用いただいた。

 

「実は半年ぐらい前にこのお店で飲んでたんですけど、その時、〇〇さんが急に体調崩しちゃって…。あれから半年、今日は〇〇さんがめでたく産休に入られるということで、お店はやっぱりここだろうと思ったわけです」

 

と、幹事の方が挨拶でそう言った。

 

「ここに来るとあの時のつらさを思い出すんですけど…」と苦笑いしながら、「元気なコを生みます」と妊婦さんは照れ笑いしていた。

 

それからさらに2年経って、この時の幹事の方がつい先日、再び送別会で自店を使ってくれた。ご挨拶がてらに、少ししゃべっているとあの時の女性の話になった。僕としてはその後どうなったのか少し気になっていたので、ちょうどいい機会だった。

 

「今、二人目を妊娠してるよ」と幹事さんに言われ、ちょっとびっくりした。

 

けれど、3年とは実にそういう歳月だ。

 

当時、着たくもないスーツを嫌々纏っていた新入社員の方々が今ではお洒落なスーツを見事に着こなしながら、飲み会の勝手がわからない後輩をフォローしたり、世話をしてたりする。飲みすぎて、とろけるようにとけて、内に秘めた小悪魔を全開に解き放っていた女の子が入籍を報告していたりする。自店で転職の誘いを受けていた方が実際に転職していたり、海外赴任が決まって外国に行っていた方が日本に戻ってきたり、かと思えば、「秋葉原は今日が最後になるんで、お昼食べにきました」と言ってくれる方がいたりする。そうした交差が身内や友人ではなく、お互いに名前も知らない間柄の中で、唯一の共通項である店を通して行われる。僕は彼らの人生がいかようなものか、まったく知りえないのだけど、一方で彼らの人生の一部に確かに立ち会っている。そして、3年という時間を経て、その一部と一部はストーリーとして連続性を帯び始めている。

 

3年とは実にそういう歳月だ。こうして夜遅くにお店で独り、ブログを書いていると、その歳月の重みに改めて驚かされる。

 

この3年の間に自分自身がどうなったかについてはわからない。それを測れる尺度はない(残念ながら、お金は全然貯まっていない)。


一周年の時に書いたブログはこれで、

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2周年の時に書いたのはこれ。

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自分自身はこの3年でどのようになっただろうか。自分ではよくわからないけれど、ただ、仲間は増えた。

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自分がこの3年でどう成長したか、それを測れるのは、それを示せるのは、僕がこれから、この仲間たちと一緒に何をするのか、何ができるかに由るのだと思う。それが本当に楽しみだ。

 

どれだけ遠くまで見通したとしても、どれだけ細部まで目をすぼめたとしても、不測や想定外は鮮やかに劇的に神出鬼没を繰り返す。それはきっとこれから先も続いていくのだろう。だけども、やっぱり楽しみで、楽しい。仕事をするのが何よりも楽しい。

 

3年前の自分はともかく、15年前の自分とは変わったなと思う。社会に出るのも、就職活動するのも嫌で嫌で仕方なく、ずっと放浪して生きていたいと思ってた自分に「働くってけっこう面白いぞ」と偉そうに言いたい。「石の上にも三年だ」と先輩風吹かせたい。

 

“石の上に座ると最初は冷たいけれど、ずっと座り続けているとそのうち自分の体温であたたまり、そのうち石そのものがあたたく感じるようになる” 

 

 

3年経ち、自分自身のことはさておき、石そのものは今、あたたかい。

 

 

 そのあたたかな石の上の4年目を冒険させてくれるスタッフと、取引先と、ゲストの皆様に心より感謝。

 

 

 

 

J×Jの冒険-2015年7月後編「スペイン・ラウンド」-

5月のGWにKと飲んでる間に企画したイベントが近づいてきた。

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J×J主催の初めてのイベントは「スペイン・ラウンド」。その名のとおりスペインをテーマにしたイベントで、スペインにちなんだドリンクを出しながら、スペイン料理を提供する、というシンプルな構成。けれど、特定の国にフォーカスすることで通常営業ではできないパフォーマンスができるという点で、僕にとっても楽しみなイベントになった。

「まるさんに手伝ってもらうんで、当日、ヤマモトさんはホールで飲んでてください」とKは言った。確かに僕が料理を担当するとなると、「K主体のイベント」という感が薄れる。それでは意味がないので、僕は基本ノータッチの姿勢でいた。

というわけでフードメニューに関してはKとまるちゃんが二人で打ち合わせしながら決めたのだが、ドリンクに関してはスペインビールやサングリアの他に試したいことがあったので一つリクエストを出した。それはスペイン・ラウンドに「世界遺産カクテル」を提供することだった。

世界遺産カクテル」はオープンする前からずっとやりたいなと思っていたメニューだったのだけど、そこまで手が回らない上に、そもそもカクテルに関する知見もほとんどない。そこで、世界一周仲間のバーテンダー(エビちゃん)に相談してレシピを考案してもらっていた(世界遺産カクテルについてはまた別の記事で触れる)。5種類ある世界遺産カクテルの中に『サグラダ・ファミリア』があったので、ちょうどいい機会だと思って、スペイン・ラウンドに絡ませることにした。

世界遺産カクテル『サグラダ・ファミリア』はこんな感じ。

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サングリアをベースにしたカクテルで、サグラダ・ファミリアの螺旋階段を表現するためにレモンの皮を使ったホーセズネックスタイルにしてある。

世界遺産カクテルをスペイン・ラウンドで提供するにあたり、レシピの考案者であるエビちゃんもイベントに参加してくれることになった。準備はこれで概ね整った。

イベント前夜、Kは夜遅くまで練習と仕込みに励む。

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そして、当日。

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7月最終週の土曜日、そして墨田川花火大会と被る日程だったにも関わらず、大勢の人が参加してくれた。

 

助っ人として参加してくれたエビちゃん

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当時下北沢のバーテンダーだったエビちゃんは今は渋谷で『ebian』という自分のバーを経営している。

当日厨房に立った3人で記念撮影し、

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時間はあっという間に駆け抜けた。

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何かと緊張してしまうKにとって、この時の達成感と解放感は並々ならぬものだったと思う。僕自身もKが頑張ってくれたおかげでフロアで飲むことができたし、イベントの終了を受けて多いに安堵し、おそらくかなりのお酒を飲んだ。この日、ゲストが帰ったあと、Kと何をどう話したかよく覚えていない。

よく覚えていないけれど、日高屋に向かう二人の背中がこの時の昂揚を示しているような気がする。

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この時すでに次の渡航先を決めていた。次は日本。真夏のスペイン・ラウンドは9月のジャパン・ラウンドにつながっていった。

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J×Jの冒険-2015年7月前編「まるちゃんとパニパニ」-

「まるちゃん」は僕が独立する前に働いていたお店PUSHUP(@秋葉原)の同僚で、一年間一緒に切磋琢磨した戦友だ。まるちゃんについては以前も記事にしている。

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僕が前職のPUSHUPを辞めた数か月後、まるちゃんも同店を退職した。そして、彼女が次のステップに行くまでの踊り場として、オープン当初から断続的にJ×Jを手伝ってくれていた。

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ワックス掛けする、まる。

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配膳する、まる。

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飲む、まる。

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食う、まる。

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休憩中にお外でモンスターハンターをする、まる。

こんな感じで働きながらも悠々と過ごしていた。一方で、まるちゃんにはパニーニ屋さんをやってみたいという憧れもあり、それをどう実現していくかを模索していた時期でもある。

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当時、J×Jの店頭で売ってみようかという話もあった。

営業が終わったあと、どうすればうまくいくか、朝まで試食とミーティングをした日もあった(いやはや、僕らはこの頃元気だった)。

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近隣のサンドイッチを一通り買ってみて試食。


試行錯誤の結果、J×Jのスタッフとしてではなく、個人として前職のPUSHUPからキッチンカーを借りて、3か月間営業してみるということで落ち着いた。こうして、「パニパニ」は生まれた。

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7月の準備段階を経て、当初の予定通り8月から10月まで3か月の期間限定営業。その後、11月からアルバイトとして正式にJ×Jに加わることになった。

 

J×Jの冒険-2015年6月後編「弾力」-

売上は当初の想定よりもずっと低かったけれど、とりあえずひとまずオープン直後の狂騒曲が落ち着いてきた6月。身体的にも気持ち的にも少し余裕が出てきて、一息つけるようになってきていた。

この6月はお祝いごとや、送別会が多く、そうした機会に自店をご利用いただくことができてそれが嬉しかった。飲食で働いているとなかなか時間的な融通がきかない。けれど自店であればそれも問題なく、改めて「自分の店を持ったんだな」としみじみとした記憶がある。

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大学時代の友人の結婚祝い。

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送別会。

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旅人の再会と何かのお祝い。

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この頃、お祝いごとには鯛をだしていた。

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J×Jでの初めての貸切イベントはトモ君。

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テーマは「インド料理×中華」。

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料理を見ているだけで当時を懐かしく思える。

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旅好き/旅カフェ好きの方々の集まり。自店企画以外では初めての立食パーティーだった。

身内や近しい間柄でのご利用ではあったけれど、このようにお店の使われ方が広がっていった時期だった。自店のような立地の悪いお店では「お店の使われ方」というのは重要なポイントになる。正方形型のシンプルな間取りはそれによるネガティブ面もあるのだけど、利点もあり、選んだ(あるいは与えられた)スペースをどうすれば有効に活用できるか、を実際に思索し続けた。その結果がのちの営業スタイルにつながってくる(とは言え、2018年現在、「お店の使われ方」としての幅は一時期に比べて縮小傾向にある。もっと自由に使ってもらえるよう、取り組んでいかなきゃなと記事を書きながら痛感)。

その一方、メニューのリニューアルにも着手。

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レギュラーメニューのマイナーチェンジであったり、

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同じメニューの食べ比べをしてみたり、

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新メニューの開発などに努めた。

これについては意図的に意識していたことであるのだけど、特にオープン当初においてはメニューも「お店の使われ方」もあまり決めつけすぎず、弾力を持たせたほうがベターのように思える。出だしが肝心であるのだけど、最初から完成度を求めるとしんどいし、のちの軌道修正がききにくい。これだけは絶対、という部分以外は極力固執せず、トライとエラーに素早く柔軟に反応できる体制を作っておくほうが大切だと思う。そして、思うにそれは飲食業だけにあらず、まして、お店作りに限ったことではない、きっと。

と、ブログを書きながら、ちょうどトモ君とLINEのやりとりしていたので、上記イベントのこととそこでトモ君が出したメニューについて触れてみると、下記のようなレスが送られてきた。

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きっと数年後からすれば「今」もまた同様に映るのだろうけれど、やはり、こだわりや完璧主義はほどほどに、手探りで進めていくべきだと思う。その方がのちのち感慨深いし、お互い口に出すのが憚れる年齢ではあるが、「青春」と口にしやすい。

 

J×Jの冒険-2015年6月前編「ラウンド②」-

当時のスタッフKが「みんな、しんさんしんさん言って、おもろないですわ」と言うので、「だったら自分でイベントを立ち上げみたら?」と提案した。「そしたらとりあえずその日一日は主人公になれるんじゃない?」。Kはこの提案を恐る恐る了承した。

 

このタイミング(オープン2か月目)でイベントを立ち上げることになるとは思ってなく、Kはおろか、そのイベントにどのような意味合いを持たせればいいのか少し悩んだ。特に意味もなく、テーマもなく、ましてや「Kが目立ちたいって言ってるんですよ」という名分ではイベントは打てない。

 

「何をどうすればいいんですかね?」というKの問いに対して、「とりあえずA4の紙出して」と言った。今回のようにほぼ白紙の状態から何かを立ち上げる場合、まずはとりとめもなく(ロジックやリアリティは考慮せず)、とにかく頭の中に浮かんだワードをひたすら殴り書くようにしている。ポイントとしては「とにかくとりとめもなく」。何がどこでどう重要になるか、何がどこでどう結びつくかはわからないのでどれだけ現実離れしていても、どれだけ荒唐無稽であってもとりあえず「書く」。

 

まずセンターに大前提や要件、もしくは目標などコミットの対象を据え、それを中心にその他の希望や条件、連想されるワードなどを自由に書き込んでいく。僕自身は最近その言葉を知ったのだけど、いわゆる「マインドマップ」と呼ばれる思考・発想法の一つであるらしい。けれど、そんな仰々しいものではない。何かの筋道を示したり、何らかの着想を求めたりする時は紙やホワイトボードに書いてみるのが一番、といういたってシンプルで、いたって自然なアプローチだ。

 

まずはここから。今回の場合、中心となる命題は「イベント」であり、主たる要件は「Kが主体であること」。そして、決めなければならない(検討しなければならない)のは「目的」(意味や内容)と、「時期」。

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ざっくりな内容や差し当たって生まれるであろう課題を書き込む。

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この段階で「K主体」ということは「誰が料理をやるのか」、「Kが料理をする場合どうすればいいのか」、「開催が2か月後だとすれば料理の習得にKは間に合うのか」などの疑問や課題が浮かぶ。

「Kにとってのイベントって端的に言うとどんな感じなの?」

「うーん、"祭り"っすかね。」

 

「祭り」というワードもこれに加え、7月に開催される「祭り」で検索する。すると「隅田川花火大会」がヒットしたのでこれも書き込む。

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隅田川花火大会よくないっすか?みんな集めて見に行きましょうよ!!」

 

「別にいいけどさ、それっておまえが単純に花火大会の幹事やるってことだと思うけど、そんなんでいいの?」

 

「じゃ、じゃあ屋形船借りてパーッとやりましょうよ!!」

 

「それでもいいけどさ、それっておまえが単純に飲み会の幹事やるってことじゃないの?」

 

「じゃあ、俺が屋形船で料理しますわ!!」

 

「なるほど…。そんな良心的な屋形船があるといいけど。あ、それと調べるついでに料金とか諸々調べといて」

 

5分後。

 

「ヤマモトさん、無理ですわ」

 

「一回、屋形船からは離れて、祭りの線で膨らませてみよう。基本的には場所はここで。外だとイベントっていうか、ただの飲み会になっちゃうよ。それじゃあ、そもそものK主体っていうのがあやしくなるし、お代金もいただけないでしょ?」

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J×Jの業務の延長線として考えるとやはり「海外/世界」がキーワードになってくる。そこで順当に7月に開催される世界のお祭りを検索してみた。

「スペインって夏、いっぱいお祭りあるんすねー」

 

「例えば?」

 

「6月に火祭り、7月に牛追い祭り、8月にトマティーナ、ですね、ざっくり」

 

「なるほど…」

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「だったらさ、スペインをテーマにイベントやってみれば?スペインだけにフォーカスしてやれば、考えなきゃいけないことも絞れるし、いいんじゃん?」

 

スペインは観光大国の一つであり、皆、大なり小なり何らかのイメージは持っている。料理のバラエティーも豊富で、陽気な気質は夏にもKにもぴったりだ。「祭り」というサブコンセプトにも当てはまる。

 

「なんかイケそうっすね」

 

マインドマップは情報整理やインスピレーションだけでなく、モチベーションの刺激にも有効だ。イベント名は「J×J Festival-Spain round- 」にすることにした。そして、それと同時に、「次はJapan round」にしようと見据え、このコンテンツが定着すれば今後イベントの立ち上げがやりやすくなる、と思った。

 

今回のマインドマップは今回の記事のために簡易的に僕が改めてわかりやすく書き直したもの。当時のものはこれ。

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当時の苦労が滲み出ている。よくこの地図から「スペイン」というワードを導き出し、その後の「ラウンド」につなげることができたな、と我ながらちょっと感心する。

 

 

J×Jの冒険-2015年5月後編「ラウンド①」-

ランチに関しては前回記事に書いたように、価格やボリュームを調整しながら適切なポイントを手探りしていた。

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ディナーについてはちょうどこの頃に本格的にメニュー制作に取り掛かっていた。勿論、メニューはあったのだけど、アイテムを極力絞り込んでいたし、落ち着いたらすぐに練り直そうと思っていたので、作りも極めてシンプルなものにしていた(と言うより、ほとんどがコース利用だったというのもあって、手が回らなかった)。

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「世界」にちなんだカクテルの試作。このカクテルは「アラウンド・ザ・ワールド」。5月、暇な時はこうしたメニューの習得に励んでいた。

5月にはすっかり暇になっていたし(GWの影響もあるが歴代過去ワーストの売上はこの5月だ)、ある程度覚悟していたことでもあるので、上記メニュー含め追いついていなかったことや、浮き彫りになった課題に取り組んでいた。

 

一方、当時一緒に働いていたK(今はもう退職しているのでKとする)も働き始めてから一か月が経ち、少し落ち着いていた。そして、少し落ち着いてきたからこそ出てくる悩みもある。GWにはまとまった休みを作ってリフレッシュしてもらったのだけど、連休に入る前に「実際に働いみてどんな感じか」ということをしっかりヒアリングした。

 

彼の口から出てきたのは「みんな、しんさん、しんさん言って、おもろないですわ」ということだった。簡単に言えば「もっと目立ちたい」、と。東京に友達がいるわけでもないのに、Kという名前はすぐさま浸透して、人気者になっていた。僕からすれば、やっぱりすごいなKは、というのが最初の一か月の感想だったし、そう率直なところを伝えたのだけど、彼は納得いかない様子だった。

 

「そういうことじゃないんですよ、ヤマモトさん抜きで、もっとこう、俺にフォーカスが当たるような感じで」

 

「じゃあ、自分でイベント立てて、自分でやってみなよ」

 

「え…」

 

「それ以外即効性のあるアプローチある?ないでしょ。わかりやすいし、いいじゃん、イベントで。飲食経験のないKがオープン直後にイベントやるって言ったらちょっと面白いよ。決まりで」

 

「え…、マジすか」

 

Kがあからさまに強張っていくのが見て取れる。もっと言えば、あからさまに怖気づいていくのがわかる。

 

「でもイベントってどうやったらいいんですか?」

 

「イベントをどうやるか、よりも、どんなイベントにしたいか、じゃない?」

 

この時点では僕もそのイベントがどんなものになっていくか、見当がつかなかった。Kが早々にそんなことを言い始めるとは思わなかったし、イベントはもっと先に打つものだと考えていた。

 

最初の一年はもともと「自分がお店をはじめたら、これをしたい」とあらかじめ用意していたものを順々に表現していった。それがうまくいったかどうかはともかく、ほとんどは前々から構想されていたものだ。そうした中、このイベントは想定外だったし、その想定外がJ×Jのコンテンツとして定着していくことになるとはこの時思っていなかった。

 

Kがこの時口走った不満は「イベント」として形となり、そのイベントは「ラウンド」として遠心力をもって継続されていくことになる。そしてその遠心力が多方にわたり、好影響を及ぼしていった。僕はKが漏らしたいささか青臭い不満に、今、とても感謝をしている。

 

 

 

J×Jの冒険-2015年5月前編「迷走」-

2号店、間借り3号店のオープン、そして2回目の『嵐ツボ』出演など、怒涛の半年間を過ごし、ようやくこのブログの主旨である独立物語とその後の営業日報に回帰。今後もイレギュラーな投稿は随所に出てくるとは思うけど、本筋は本筋で進めていきたい。

 

前回投稿は「2015年4月」で止まっている。つまり、J×Jをオープンさせた最初の月で終わっている。25記事にわたる一大巨編となったが、以前も書いたようにこの時に考えていたことをその後の営業に反映させていったので、最初の1年はこの25話において完結しているとも言える。
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J×Jの冒険-2015年4月㉕「オープン1か月」-

http://blog.hatena.ne.jp/journeyjourney/journeyjourney.hatenablog.com/edit?entry=8599973812282171331

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けれど、当然、思うように進んだ部分なんていうのはほんの一握りで、ほとんどがうまくいかないことばかりだ。ブログではそのうまくいかなかった部分を中心に取り上げていくことになる。

 

まず初めの誤算はランチの客数が想像していた以上にシビアであったこと。何せ人目のつかない裏路地にあるし、一般的なメニューを提供しているわけでもないので、いきなり結果がついてくるとは考えいなかったけれど、他に同じようなお店がないため認知は自然と広がっていくだろうと甘く算段していたのは否めない。特に男性客に関しては全く取り込めず、店内はほぼ女性ばかりだった。女性をターゲットに進めていくのであればそれはそれでよかったのかもしれないが、夜の貸切宴会にどうつなげていくかがポイントである以上、そのイメージは何とか打破していかなければならない。当時はテーブル・イス含め全面真っ白という内装だったので、その時点で敬遠する男性も少なくない。ただ、内装に関してはすぐにどうこうできるものでもない。そして、男性客が呼び込めないからと言って、早々にメニューをいじるのもリスキーだ。

 

とは言え、何も手を打たないというわけにはいかない。

 

そこで、既存のランチメニューのままで少し変化をつけて、様子を探ってみることにした。まず第一にレギュラーのカオマンガイが800円、日替わりが900円で提供していたがこれを試しに期間限定で800円の同一価格としてみた。今では日替わりの方が出数が多いのだが、当時はカオマンガイに編重していた。まずはカオマンガイを知ってもらいたかったので、それはそれでよかったのだけど、日替わりも認知されない限りカオマンガイ屋さんになってしまうし、余った日替わりの在庫の問題も出てくる。値段を合わせ、日替わりは男性が好みそうなメニューを中心に組み立てた。

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当時の日替わり。パエリアやタンドリーなどできるだけメジャーなものを。

次に試したのはボリュームだ。男性からすれば物足りなく感じている可能性は十分にある。カフェ仕様というイメージがつくのも恐れていたため、男性にはご飯の量を多めにしていたが、これも適正量なのか判然としなかった。日替わり800円の施策を終えるとともに、今度は大盛無料にしてニーズを引き出そうと試みた。結果的には結局、マチマチなものだった。値段を合わせれば当然日替わりに流れる数は多くなるし、大盛無料ににすれば大盛を頼む人も増える、けれど、そうした数値的な現象よりもそれにかこつけて「量どうした?」、「もっと食べられますか?」などを直接聞いてみるのが最も効果的に感じる。ただそうしたコミュニケーションをとる余裕は当時の僕らにはなかった。

 

結局、決定的な手応えも手掛かりもないままセールを終え、僕は店の前を通り過ぎていくサラリーマンの背中を悔しく追った。

 

【追記】

①日替わりについては翌月800円に価格変更 *2018年現在も同じ


②ボリュームについてはその後も迷走。適正量は人によってやはりマチマチなのだけど、結論、僕らの提供量は多かった。女性でも大盛頼まれる人が当時はちらほらいて、余計に混迷。尋常じゃないくらいの量を出していた時期もあります。無理をして食べてもらっていたことも多々あるかと存じます。その節は大変失礼しました。ごめんなさい…。