Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

J×Jの冒険-2015年6月後編「弾力」-

売上は当初の想定よりもずっと低かったけれど、とりあえずひとまずオープン直後の狂騒曲が落ち着いてきた6月。身体的にも気持ち的にも少し余裕が出てきて、一息つけるようになってきていた。

この6月はお祝いごとや、送別会が多く、そうした機会に自店をご利用いただくことができてそれが嬉しかった。飲食で働いているとなかなか時間的な融通がきかない。けれど自店であればそれも問題なく、改めて「自分の店を持ったんだな」としみじみとした記憶がある。

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大学時代の友人の結婚祝い。

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送別会。

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旅人の再会と何かのお祝い。

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この頃、お祝いごとには鯛をだしていた。

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J×Jでの初めての貸切イベントはトモ君。

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テーマは「インド料理×中華」。

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料理を見ているだけで当時を懐かしく思える。

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旅好き/旅カフェ好きの方々の集まり。自店企画以外では初めての立食パーティーだった。

身内や近しい間柄でのご利用ではあったけれど、このようにお店の使われ方が広がっていった時期だった。自店のような立地の悪いお店では「お店の使われ方」というのは重要なポイントになる。正方形型のシンプルな間取りはそれによるネガティブ面もあるのだけど、利点もあり、選んだ(あるいは与えられた)スペースをどうすれば有効に活用できるか、を実際に思索し続けた。その結果がのちの営業スタイルにつながってくる(とは言え、2018年現在、「お店の使われ方」としての幅は一時期に比べて縮小傾向にある。もっと自由に使ってもらえるよう、取り組んでいかなきゃなと記事を書きながら痛感)。

その一方、メニューのリニューアルにも着手。

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レギュラーメニューのマイナーチェンジであったり、

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同じメニューの食べ比べをしてみたり、

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新メニューの開発などに努めた。

これについては意図的に意識していたことであるのだけど、特にオープン当初においてはメニューも「お店の使われ方」もあまり決めつけすぎず、弾力を持たせたほうがベターのように思える。出だしが肝心であるのだけど、最初から完成度を求めるとしんどいし、のちの軌道修正がききにくい。これだけは絶対、という部分以外は極力固執せず、トライとエラーに素早く柔軟に反応できる体制を作っておくほうが大切だと思う。そして、思うにそれは飲食業だけにあらず、まして、お店作りに限ったことではない、きっと。

と、ブログを書きながら、ちょうどトモ君とLINEのやりとりしていたので、上記イベントのこととそこでトモ君が出したメニューについて触れてみると、下記のようなレスが送られてきた。

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きっと数年後からすれば「今」もまた同様に映るのだろうけれど、やはり、こだわりや完璧主義はほどほどに、手探りで進めていくべきだと思う。その方がのちのち感慨深いし、お互い口に出すのが憚れる年齢ではあるが、「青春」と口にしやすい。

 

J×Jの冒険-2015年6月前編「ラウンド②」-

当時のスタッフKが「みんな、しんさんしんさん言って、おもろないですわ」と言うので、「だったら自分でイベントを立ち上げみたら?」と提案した。「そしたらとりあえずその日一日は主人公になれるんじゃない?」。Kはこの提案を恐る恐る了承した。

 

このタイミング(オープン2か月目)でイベントを立ち上げることになるとは思ってなく、Kはおろか、そのイベントにどのような意味合いを持たせればいいのか少し悩んだ。特に意味もなく、テーマもなく、ましてや「Kが目立ちたいって言ってるんですよ」という名分ではイベントは打てない。

 

「何をどうすればいいんですかね?」というKの問いに対して、「とりあえずA4の紙出して」と言った。今回のようにほぼ白紙の状態から何かを立ち上げる場合、まずはとりとめもなく(ロジックやリアリティは考慮せず)、とにかく頭の中に浮かんだワードをひたすら殴り書くようにしている。ポイントとしては「とにかくとりとめもなく」。何がどこでどう重要になるか、何がどこでどう結びつくかはわからないのでどれだけ現実離れしていても、どれだけ荒唐無稽であってもとりあえず「書く」。

 

まずセンターに大前提や要件、もしくは目標などコミットの対象を据え、それを中心にその他の希望や条件、連想されるワードなどを自由に書き込んでいく。僕自身は最近その言葉を知ったのだけど、いわゆる「マインドマップ」と呼ばれる思考・発想法の一つであるらしい。けれど、そんな仰々しいものではない。何かの筋道を示したり、何らかの着想を求めたりする時は紙やホワイトボードに書いてみるのが一番、といういたってシンプルで、いたって自然なアプローチだ。

 

まずはここから。今回の場合、中心となる命題は「イベント」であり、主たる要件は「Kが主体であること」。そして、決めなければならない(検討しなければならない)のは「目的」(意味や内容)と、「時期」。

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ざっくりな内容や差し当たって生まれるであろう課題を書き込む。

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この段階で「K主体」ということは「誰が料理をやるのか」、「Kが料理をする場合どうすればいいのか」、「開催が2か月後だとすれば料理の習得にKは間に合うのか」などの疑問や課題が浮かぶ。

「Kにとってのイベントって端的に言うとどんな感じなの?」

「うーん、"祭り"っすかね。」

 

「祭り」というワードもこれに加え、7月に開催される「祭り」で検索する。すると「隅田川花火大会」がヒットしたのでこれも書き込む。

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隅田川花火大会よくないっすか?みんな集めて見に行きましょうよ!!」

 

「別にいいけどさ、それっておまえが単純に花火大会の幹事やるってことだと思うけど、そんなんでいいの?」

 

「じゃ、じゃあ屋形船借りてパーッとやりましょうよ!!」

 

「それでもいいけどさ、それっておまえが単純に飲み会の幹事やるってことじゃないの?」

 

「じゃあ、俺が屋形船で料理しますわ!!」

 

「なるほど…。そんな良心的な屋形船があるといいけど。あ、それと調べるついでに料金とか諸々調べといて」

 

5分後。

 

「ヤマモトさん、無理ですわ」

 

「一回、屋形船からは離れて、祭りの線で膨らませてみよう。基本的には場所はここで。外だとイベントっていうか、ただの飲み会になっちゃうよ。それじゃあ、そもそものK主体っていうのがあやしくなるし、お代金もいただけないでしょ?」

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J×Jの業務の延長線として考えるとやはり「海外/世界」がキーワードになってくる。そこで順当に7月に開催される世界のお祭りを検索してみた。

「スペインって夏、いっぱいお祭りあるんすねー」

 

「例えば?」

 

「6月に火祭り、7月に牛追い祭り、8月にトマティーナ、ですね、ざっくり」

 

「なるほど…」

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「だったらさ、スペインをテーマにイベントやってみれば?スペインだけにフォーカスしてやれば、考えなきゃいけないことも絞れるし、いいんじゃん?」

 

スペインは観光大国の一つであり、皆、大なり小なり何らかのイメージは持っている。料理のバラエティーも豊富で、陽気な気質は夏にもKにもぴったりだ。「祭り」というサブコンセプトにも当てはまる。

 

「なんかイケそうっすね」

 

マインドマップは情報整理やインスピレーションだけでなく、モチベーションの刺激にも有効だ。イベント名は「J×J Festival-Spain round- 」にすることにした。そして、それと同時に、「次はJapan round」にしようと見据え、このコンテンツが定着すれば今後イベントの立ち上げがやりやすくなる、と思った。

 

今回のマインドマップは今回の記事のために簡易的に僕が改めてわかりやすく書き直したもの。当時のものはこれ。

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当時の苦労が滲み出ている。よくこの地図から「スペイン」というワードを導き出し、その後の「ラウンド」につなげることができたな、と我ながらちょっと感心する。

 

 

J×Jの冒険-2015年5月後編「ラウンド①」-

ランチに関しては前回記事に書いたように、価格やボリュームを調整しながら適切なポイントを手探りしていた。

www.journeyjourney-blog.com

ディナーについてはちょうどこの頃に本格的にメニュー制作に取り掛かっていた。勿論、メニューはあったのだけど、アイテムを極力絞り込んでいたし、落ち着いたらすぐに練り直そうと思っていたので、作りも極めてシンプルなものにしていた(と言うより、ほとんどがコース利用だったというのもあって、手が回らなかった)。

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「世界」にちなんだカクテルの試作。このカクテルは「アラウンド・ザ・ワールド」。5月、暇な時はこうしたメニューの習得に励んでいた。

5月にはすっかり暇になっていたし(GWの影響もあるが歴代過去ワーストの売上はこの5月だ)、ある程度覚悟していたことでもあるので、上記メニュー含め追いついていなかったことや、浮き彫りになった課題に取り組んでいた。

 

一方、当時一緒に働いていたK(今はもう退職しているのでKとする)も働き始めてから一か月が経ち、少し落ち着いていた。そして、少し落ち着いてきたからこそ出てくる悩みもある。GWにはまとまった休みを作ってリフレッシュしてもらったのだけど、連休に入る前に「実際に働いみてどんな感じか」ということをしっかりヒアリングした。

 

彼の口から出てきたのは「みんな、しんさん、しんさん言って、おもろないですわ」ということだった。簡単に言えば「もっと目立ちたい」、と。東京に友達がいるわけでもないのに、Kという名前はすぐさま浸透して、人気者になっていた。僕からすれば、やっぱりすごいなKは、というのが最初の一か月の感想だったし、そう率直なところを伝えたのだけど、彼は納得いかない様子だった。

 

「そういうことじゃないんですよ、ヤマモトさん抜きで、もっとこう、俺にフォーカスが当たるような感じで」

 

「じゃあ、自分でイベント立てて、自分でやってみなよ」

 

「え…」

 

「それ以外即効性のあるアプローチある?ないでしょ。わかりやすいし、いいじゃん、イベントで。飲食経験のないKがオープン直後にイベントやるって言ったらちょっと面白いよ。決まりで」

 

「え…、マジすか」

 

Kがあからさまに強張っていくのが見て取れる。もっと言えば、あからさまに怖気づいていくのがわかる。

 

「でもイベントってどうやったらいいんですか?」

 

「イベントをどうやるか、よりも、どんなイベントにしたいか、じゃない?」

 

この時点では僕もそのイベントがどんなものになっていくか、見当がつかなかった。Kが早々にそんなことを言い始めるとは思わなかったし、イベントはもっと先に打つものだと考えていた。

 

最初の一年はもともと「自分がお店をはじめたら、これをしたい」とあらかじめ用意していたものを順々に表現していった。それがうまくいったかどうかはともかく、ほとんどは前々から構想されていたものだ。そうした中、このイベントは想定外だったし、その想定外がJ×Jのコンテンツとして定着していくことになるとはこの時思っていなかった。

 

Kがこの時口走った不満は「イベント」として形となり、そのイベントは「ラウンド」として遠心力をもって継続されていくことになる。そしてその遠心力が多方にわたり、好影響を及ぼしていった。僕はKが漏らしたいささか青臭い不満に、今、とても感謝をしている。

 

 

 

J×Jの冒険-2015年5月前編「迷走」-

2号店、間借り3号店のオープン、そして2回目の『嵐ツボ』出演など、怒涛の半年間を過ごし、ようやくこのブログの主旨である独立物語とその後の営業日報に回帰。今後もイレギュラーな投稿は随所に出てくるとは思うけど、本筋は本筋で進めていきたい。

 

前回投稿は「2015年4月」で止まっている。つまり、J×Jをオープンさせた最初の月で終わっている。25記事にわたる一大巨編となったが、以前も書いたようにこの時に考えていたことをその後の営業に反映させていったので、最初の1年はこの25話において完結しているとも言える。
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J×Jの冒険-2015年4月㉕「オープン1か月」-

http://blog.hatena.ne.jp/journeyjourney/journeyjourney.hatenablog.com/edit?entry=8599973812282171331

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けれど、当然、思うように進んだ部分なんていうのはほんの一握りで、ほとんどがうまくいかないことばかりだ。ブログではそのうまくいかなかった部分を中心に取り上げていくことになる。

 

まず初めの誤算はランチの客数が想像していた以上にシビアであったこと。何せ人目のつかない裏路地にあるし、一般的なメニューを提供しているわけでもないので、いきなり結果がついてくるとは考えいなかったけれど、他に同じようなお店がないため認知は自然と広がっていくだろうと甘く算段していたのは否めない。特に男性客に関しては全く取り込めず、店内はほぼ女性ばかりだった。女性をターゲットに進めていくのであればそれはそれでよかったのかもしれないが、夜の貸切宴会にどうつなげていくかがポイントである以上、そのイメージは何とか打破していかなければならない。当時はテーブル・イス含め全面真っ白という内装だったので、その時点で敬遠する男性も少なくない。ただ、内装に関してはすぐにどうこうできるものでもない。そして、男性客が呼び込めないからと言って、早々にメニューをいじるのもリスキーだ。

 

とは言え、何も手を打たないというわけにはいかない。

 

そこで、既存のランチメニューのままで少し変化をつけて、様子を探ってみることにした。まず第一にレギュラーのカオマンガイが800円、日替わりが900円で提供していたがこれを試しに期間限定で800円の同一価格としてみた。今では日替わりの方が出数が多いのだが、当時はカオマンガイに編重していた。まずはカオマンガイを知ってもらいたかったので、それはそれでよかったのだけど、日替わりも認知されない限りカオマンガイ屋さんになってしまうし、余った日替わりの在庫の問題も出てくる。値段を合わせ、日替わりは男性が好みそうなメニューを中心に組み立てた。

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当時の日替わり。パエリアやタンドリーなどできるだけメジャーなものを。

次に試したのはボリュームだ。男性からすれば物足りなく感じている可能性は十分にある。カフェ仕様というイメージがつくのも恐れていたため、男性にはご飯の量を多めにしていたが、これも適正量なのか判然としなかった。日替わり800円の施策を終えるとともに、今度は大盛無料にしてニーズを引き出そうと試みた。結果的には結局、マチマチなものだった。値段を合わせれば当然日替わりに流れる数は多くなるし、大盛無料ににすれば大盛を頼む人も増える、けれど、そうした数値的な現象よりもそれにかこつけて「量どうした?」、「もっと食べられますか?」などを直接聞いてみるのが最も効果的に感じる。ただそうしたコミュニケーションをとる余裕は当時の僕らにはなかった。

 

結局、決定的な手応えも手掛かりもないままセールを終え、僕は店の前を通り過ぎていくサラリーマンの背中を悔しく追った。

 

【追記】

①日替わりについては翌月800円に価格変更 *2018年現在も同じ


②ボリュームについてはその後も迷走。適正量は人によってやはりマチマチなのだけど、結論、僕らの提供量は多かった。女性でも大盛頼まれる人が当時はちらほらいて、余計に混迷。尋常じゃないくらいの量を出していた時期もあります。無理をして食べてもらっていたことも多々あるかと存じます。その節は大変失礼しました。ごめんなさい…。

 

嵐ツボサンドイッチを召し上がっていただいた皆様への感謝とお正月の味への冒険

1月3日に放送されたフジテレビ「嵐ツボ」放送から早一か月以上経ちました。放送後、2号店「BOX」にたくさんの方にお越しいただき、またサンドイッチを楽しんでいただくことができ、大変嬉しく思っております。

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一か月経過し、大分落ち着いてきましたが、まだまだご予約のお客様はいらっしゃいますし、期間限定としながらも当面は引き続きご提供してまいります。なので、ここで改めてメニューを紹介させていただきます。

嵐さんに食べていただいたのは3つのサンドイッチです。2号店ではランチ、ディナー問わず、3種類の盛り合わせセット(下記写真、¥1,200)とともに、単品(各¥800)での提供もしております(なおサンドイッチは2号店のみでの取り扱いとなります。ご了承くださいませ)。

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単品ごとで言えば、まずメキシコの「トルタ・アホガーダ」。

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下半分がトマトスープに浸かった半身浴サンドになってます。松潤さんが番組内でちらっとおっしゃってましたが、甘めのトマトソースではなく、ほんのり辛く、ほんのり酸味のある現地の「サルサ」に近いトマトスープに仕上げてます。ゆえにパクチーとの相性がよく(メキシコ料理ではパクチーが多用される)、提供時にはパクチーをおつけするかどうかを事前にお伺いするようにしております。

番組内でも触れられたとおり、問題点は「食べづらさ」であり、こうした事情により放送直後はご提供するかどうかを迷っていたのですが(当時は2種盛り合わせだった)、「嵐さんが体験した食べづらさも同じように体験したい」というファンの方の声もあり、急ぎメニュー化した次第です。

なお、このトルタ・アホガーダについてはランチ時にテイクアウトメニューとしても販売しております。

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続いて、アメリカの「ジャイロサンド」です。ジャイロはギリシャの「ギロピタ」という料理に由来し、日本でもよく見かける「ケバブサンド」にも近いのですが、特徴の一つに挙げられるのはそのパンの形状。日本で流通しているのはポケット状のピタパンが主流であり、ジャイロに見合ったパンがなかなか見当たらず、頭を悩ませたのですが色々試作した結果、ジャイロに適したパンを見つけることができました。この生地がジャイロの最大のポイントであり、また、3種類の中で最もオーソドックスに人気たらしめてる理由ではないかと推察してます。

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最後にオランダの塩漬けニシン「ハーリング」を使ったサンドイッチです(下写真手前)。

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 「映え」が重要項目になる今の流れにおいて、いかんとも「映え」のないサンドイッチであります。もともと生(に近い)ニシンを食べる習慣がないので、他の2種と比べて好き嫌いの分かれるところではありますが、ハーリングに施されている塩味がおつまみに向いていることもあり、お酒を飲まれる方には好まれる傾向があるように思います。サンドイッチを召し上がっていただいたあとに、本店に移動して飲まれたお客様がいらっしゃったのですが、追加注文で単品のハーリングを頼まれることもありました。ハーリングファンとしては嬉しい限りです。

 

 サンドイッチについての改めての説明は以上になります。

 

ご来店いただいたお客様の中には他のご友人を連れられて、リピートしてくださる方もいらっしゃいます。本当にありがたいことです。また飲食店ゆえ、なかなかゆっくりお話しできず恐縮に思うことも多々あるのですが、こちらの状況にご配慮、お気遣いいただけてることにも心より御礼申し上げます。

 

「実際会ってみてどうでした?」というご質問が最も多いのですが、2回目で僕自身がある程度リラックスできていたということもあり、オーラや「カッコよさ」もさることながら、今回はそれと同様に「フランクさ」が強く印象に残りました。超多忙にもかかわらず、自然体で気さく、というのが率直な感想であり、改めて嬉しく思いました。

最後に、2号店の店内にはスタッフが書いた似顔絵を飾っています。順次描き進めてもらったので5人全員が揃うまでにお時間いただきましたが、先日完成。

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 そして、つい最近においては、

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 少し離れた端っこのほうに僕のイラストも位置させていただいております(誠に畏れながら)。


ハーリングがお正月の味になれるよう、微力ながら邁進してまいります。引き続き、よろしくお願い致します。

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第1位「ハーリング」への冒険

オランダという国に何を思い浮かべるだろうか。

チューリップ、風車、運河など美しいものを想像する人もいれば、「飾り窓」や大麻合法などダーティーなものをイメージする人も少なくない。この一般的なイメージは全てオランダという国に相違なく該当する。街並みは美しい、けれど、一歩内側に入るとアンダーグラウンドな世界が惜しげもなく広がっている。世界有数のエレガントなファンキータウンと言えるだろう。

けれど、それもオランダという国の表層でしかない。もう一段階踏み込むと僕たちはオランダについてほとんど何も知らないということに気づかされる。例えば、僕たちはオランダ人の国民性について、何かしらのイメージを持ち合わせているだろうか。シンボリックな建造物や観光資源もなく、有名人と言えばゴッホくらい(ちなみにクリス松村はオランダ生まれだ)、歴史の教科書に大々的に取り上げられることもなく、印象にしろバイアスにしろ、その性格的特徴は見えてこない。わりと取っ掛かりのない国だ。

世界的に見ると「オランダ人は倹約家」という見方が強い。オランダ人は英語で「ダッチ」という俗称で呼ばれることがあるが、「ダッチアカウント」(割り勘)や「ダッチワイフ」はこのオランダ人の倹約気質に由来される。先に歴史の教科書で大々的に取り上げられることはない、と書いたけれど、日本史においては「江戸時代の鎖国政策の中、中国とオランダだけは交易を許されていた」というのがオランダのハイライトであり、考えてみれば、なんでオランダだけ?、ということになるのだが、当時スペインやポルトガルが交易とともにキリスト教の布教に励む中、幕府はこれをよしとせず両国を始めキリスト教国家を排除。一方、オランダは「我々は商売一筋、他には絶対に何もしないから」と猛アタックし、日本はこの下手な口説き文句さながらのアピールに落とされ、長崎出島にて友人以上恋人未満の微妙な交際をスタートしたのだ。島原の乱の際には幕府に協力して、籠城中の日本人キリシタン(オランダ人からすればある意味同胞)に大砲までぶっ放すという歴史的ビジネスライクを全世界に公開、欧州諸国はこの拝金主義に「おいおい、マジか」とドン引いたそうです。


っていうことなんて知らないし、そんなイメージも全然ないんだよね、オランダ。


僕にとってはもはやただひたすらにニシンが美味しい国、オランダ。


チューリップに見惚れるもよし、飾り窓に興じるもよし、けれども、オランダを訪れるのであれば、是非ハーリングが解禁された直後をおススメしたい。以前は解禁日前にフライングでハーリングを売り出す業者も多かったみたいなのだけど、政府はこのフライングを2007年にきっちり法律で禁じております。際どいラインが色々と諸々と合法なのにもかかわらず、ハーリングの解禁をズルしたら厳罰に処す、というとことんよくわからない国なのであります。


エッセイ風に書く以上、結びに何らかのカタルシスを導きたいんだけど、ほんと取っ掛かりもつかみどころもないんだよね、オランダ。


まあ、人のこと言えないんだろうどけどね。

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今ひとつつかみどころのないオランダの、今ひとつ美味しさが伝わってこないハーリングを、今ひとつの反応の中、

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めげすによくやるよね。

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【嵐ツボ】第2位「ジャイロ」への冒険

「世界を一周しよう」と思い立った時、まずはじめにそのコースについて考えることになるのだが、「西からまわるか、東からまわるか」で大きく2極化される。傾向からすると西周りを選ぶ人の方が多い。まずはアジアでならしてから(あるいはフィリピンでの英語留学を経てから)、徐々にハードルを上げ、クライマックスに南米やアメリカを持ってくるパターンだ。

 

僕の場合、アジアはそれまでにも何度も行ったことがあったので、東周りを選んだ。そして、まず最初に訪れる国はニューヨークだと前々から決めていた。世界の政治・経済・文化の牽引役であるニューヨークを旅のスタートとしたかった。

 

きらきらしたものを想像していたけれど、そううまくはいかず、空港でのっけからぼったくりに遭うわ、タクシー運転手にはスラム街で乗り捨てられるわ、次につかまえたタクシー運転手には再びぼったくられるわ、で散々な滑り出しだった。おまけにこの日のマンハッタンは大雨でユースホステルに着いた頃にはずぶ濡れだった。「こんなんで本当に世界一周できるのか」と不安いっぱいの初日となった。

 

ふんだくられた分を少しでも取り戻すため、初日の晩御飯は抜きにして、翌朝、ホステルの近くでクリームチーズとハムを挟んだベーグルをテイクアウトした。ホステルのエントランスでベーグルを頬張りながら、コーヒーを飲んでいると、宿泊客が続々とチェックアウトしていく、そして、続々とチェックインしていく。寄せては返す波のようにひたすらに人が入れ替わっていく。まだ朝7時にも関わらず。

 

あまりの混雑っぷりにびっくりして、ピークが落ち着いた頃を見計らって、

「毎日こんな感じなの?」と聞いてみた。

するとエントランスのお姉さんは「毎日こんな感じよ」と答えた。

「毎日600人が世界のどこかからここを訪れて、毎日600人がここから世界のどこかに飛んでいくの」

 
「すごいね」

「Welcome to New York」とお姉さんは言った。

 
そのいかにもな言い回しに、僕は心が弾み、初日の失態を忘れて、ニューヨーク観光を多いに楽しんだ。2日目は特にトラブルに見舞われることなく、ホステルへと戻り、近くの食堂で初めての晩御飯を食べた。それが「ジャイロ」だった。

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「ジャイロ」は円盤状のピタパンにスパイスで味付けした肉を乗せ、レタス、玉ねぎ、トマトなどを野菜たっぷり重ねたものをくるんで食べるベンダーフード。中東のケバブサンドに似ているが、特徴としてはケバブに使われるピタの多くがポケットに具材を詰め込むスタイルに対して、ジャイロは具材を乗せてそのままくるむ。ジャイロの由来はギリシャの「ギロ」にあるとされ、では「ギロ」と「ケバブ」の違いは?、「ジャイロ」と「ギロ」の違いは?、ところで僕が食べたジャイロの生地はインドのナンの食感に近かったがこの関連性は?、と調べれば調べるほど混迷を極める。


ひっくるめて、ニューヨークらしい食べ物だな、と思う。


ユースホステルのチェックインカウンターがそうであったように、ニューヨークは人々の往来が無限に繰り返される街だ。人々の往来とともに、世界中の情報が届けられ、世界中の文化が運び込まれる。確立された内的なものに外的なものが入ってくる場合、排他的な反作用が起こりやすくなるが、ニューヨークにその傾向は見られない。果てしない新陳代謝の中で、その新陳代謝そのものがニューヨークをアイデンティファイしているように思える。「確立しない」ということで「確立している」、という逆説をニューヨークは体現する。ジャイロもまた、ニューヨークという新陳代謝が体現したハイブリッドの一つであるように思えた。


少なくとも、2011年の11月まではそう思えた。今はどうなっているだろう。


日本から日本的なものが消失してしまったら悲しいように、ニューヨークからニューヨーク的なもの、僕にとってそれはすなわち「何者も拒まない新陳代謝」なのだけど、それがなくなってしまったらやっぱり寂しいだろうな。この街に魅せられた一旅行者としては。

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ちなみに本場のジャイロもきっちり食べづらかったです。でも、そこが醍醐味でもあります。思いきってかぶりつこうじゃありませんか。Yes,we can.



【嵐ツボ】第3位「トルタ・アフォガーダ」への冒険

先日、メキシコ中部のハリスコ州で17歳の青年が殺害された。友人たちとバーでパーティーを楽しんでいたところに武装集団が青年を襲撃、15発もの銃弾を浴びせた。青年はメキシコ国内で有名なユーチューバーで、麻薬カクテルのボスを揶揄した動画を投稿していた。襲撃の原因はその動画にあるとされている。青年は即死した。

また、メキシコ本土の西海岸と並行するように細長くのびるバハ・カリフォルニア半島では橋から宙吊りにされた6人の遺体が発見された。これも麻薬カクテルがらみの事件とみられている。

といったように、メキシコではアウトレイジ全開の事件が多発している。それはそれで事実ではあるのだけど、かと言って、一般旅行者がそうした血生臭さを感じるシーンは少ないように思える。少なくとも僕自身はそのような危うさを体感することはなかった。メキシコは極めてピースな国だった。


僕はアメリカの西海岸サンディエゴから陸路でメキシコに入国し、国境の町ティファナに数日間滞在した。陸路での国境越えはそれまでも何度も経験しているが、サンディエゴ-ティファナ間ほど「むこうは別の国である」という当然のことを知らしめられる国境線は少ない。街ゆく人の出で立ちは変わり、英語はぴたりと通じなくなり、建ち並ぶビルや家の様相はがらっと変わる。とりわけ、飲食店が一変する。

当たり前のことと言えば当たり前なのだけど、国境線を超えると、そこはもうメキシコで、とにかくタコス屋さんばかりなのだ。タコス、タコス、そして、タコスだ。

けれども、タコスと同じくらいに「トルタ」と書かれる看板も多く見かけることになる。「トルタ」というのはメキシコでサンドイッチ全般のことを指すのだが、このトルタ屋さんも非常に多い。

トルタには実に様々な形状とスタイルがあり、中に挟む具材も多岐に渡る。安くて、美味しいのはタコスも同様だが、利便性という点ではトルタが勝る。移動の多いメキシコ旅行において腹持ちがよく、気軽に食べられるトルタは貴重だ。実際に、国境の街ティファナからバハ・カリフォルニア半島をバスで30時間かけて南下したのだけど、この間、食事はほぼ「トルタ」だった。

メキシコ滞在中、多くのトルタを食べたがその中でも最も印象的だったのが第3位に取り上げた「トルタ・アフォガーダ」。番組内でもご紹介したとおり、下半分をスープにつけた半身浴サンドであり、「食べやすさ」に関してはこのトルタは該当しない。が、美味しい。スープの染みたパンとサルサで和えられた具材のマッチングが絶妙なのだ。

トルタ・アフォガーダはメキシコ中部の街グアダラハラの郷土料理としても知られる。グアダラハラハリスコ州の州都で規模としては首都メキシコシティに次いで2番目に大きく、マリアッチ(メキシコ音楽を演奏する楽団)やテキーラの発祥の地としても有名だ。

西部の真珠と呼ばれるグアダラハラの街並みは美しく、歴史的な建造物も多い。街の中心に位置するソカロ(広場)には何をするでもなく、人々が集まり、家族連れもお年寄りもカップルもそれぞれが思い思いの時間を過ごしている。この国で先にあげたような凶悪な事件が起きているとは到底思えない。石畳の道に馬車が心地よい蹄の音を鳴らし、正装したマリアッチが陽気なメキシコ音楽を奏でている。


そんな溢れんばかりの異国情緒の真ん中でトマトスープが染みたトルタ・アフォガーダにナイフとフォークを入れる。蹄の音が響き、マリアッチが弾み、パンは真っ赤に染められ、僕はメキシコに魅入られていく。半身はアウトレイジを警戒してもいいのかもしれない、旅行者に油断は禁物だ。でもけしてそれだけではない、もう半身はメキシコという国の魅力にすっかり身を委ねてみてもいいのではないだろうか。

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まあ、大野さんには「別々で食べたい」と言われ、松本さんには「パスタで食べたい」と言われてしまったけれどww

 

【嵐ツボ】『2018年絶対に流行る日本ほぼ未上陸サンドイッチ』への冒険

僕は「Journey×Journey」という飲食店を秋葉原で運営している。2015年に1号店をオープンして、去年、こじんまりとした2号店を開き、その一か月後に間借りのカレー屋さんを始めた。3店とも半径100メートル内にある。

カレー屋さんを間借りさせていただいてる間に新しい一手を打ちたいとは考えているけれど、それ以上の多店舗展開は今のところ考えていない。新規出店はその「必要性」がある時に取り組むべきもので、必要性がないかぎり、新規にお店を出す必要はない。

今年は既存店舗の基盤固めを第一とした上で、何か別の新しいことにアプローチしていきたい。その中の一つが小説「Journey×Jounrey」。と、去年も同じ時期に同じことを言っている。

www.journeyjourney-blog.com

去年の6月、2号店の計画が急浮上したため、持てる全てのリソースを2号店に注ぐことになり、下半期は小説はおろか、ブログすら1行も書けなかった。


今年こそは、と思うのだけど、小説「Journey×Journey」は空いた時間に少しずつ進めるよりも、まとまった時間をとって一気に書き上げたほうがベターだと考え直した。今までの傾向から思うに、「少しずつ」では一生書き上げられないだろう。

 

文章を書くのが好きで、だからこそこのブログを立ち上げた。脱線も多いけれど、基本的にはJ×Jの「独立物語」であり、「営業日報」であるこのブログは自身の日記とするとともに、これから飲食店を開業しようと思う人にとっての参考資料になったら嬉しいな、というモチベーションも働いている。けれどもそうである以上、内容はビジネスライクになりがちで、一般的ではない。去年の7月で止まったままになってしまっているので、これはこれで再開しなければならないのに、正月早々にリスタートさせるのも気が引ける。

つまり、文章は書きたいけれど、小説「Jounrey×Jounrey」も通常ブログの再開もなんだか重たい、という状況にある。久しぶりに長距離を走るのであれば、その前にちゃんとストレッチしたい、そういう心地だ。

というわけで、ここ一か月ほど何らかの脱線(ストレッチ)を画策していた。そんな折、ひらめいたのが、「世界一周中に食べた“料理”にまつわる“小話”を書いてみよう」ということだった。職業柄、料理の説明やレシピの共有をする機会は多くあれど、その定型句にちょっとした物語性を付与してみよう、という試みだ。この切り口で、3皿くらい書いてみたい。

では、1165皿食べてきた中から、どの「料理」をピックアップしようかという話になるのだけど、それについては1月3日に放送された『嵐ツボ』で紹介したサンドイッチを題材にしてみようと思う。ランキングに入ったそれぞれのアイテムは制作チームの取材と編集によって、番組内で丁寧に紹介されているが、ここにストーリーやエトセトラを加えることによって、「料理そのもの」だけでは発しえない「立体的な膨らみ」をもたらせるかもしれない。

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まずは第3位だった「トルタ・アホガーダ」から。

*1月4日からJ×Jの2号店「Box round」で番組内でご紹介したサンドイッチの一部を販売しております。是非、お試しくださいませ☆

【2018年版】百姓「山本ジャーニー」のジャニーズ「嵐」への冒険

2017年12月某日。僕は疲れきっていた。

繁忙期である12月、初めての3店舗運営、新年を見越しての新しい仕事への準備、年度末の経理業務などが一手に押し寄せる12月ならではの疾走感の中で、キャパオーバーのラインをぎりぎりにさまよいながら、その朝、重たい体を起こし、普段着ない上着を羽織って、普段背負わないリュックの中にサロンを入れた。

湾岸スタジオまで」と運転手に言った。去年は局側が手配したタクシーが店まで迎えに来てくれたので自分の口から行先を告げることはなかった。「湾岸スタジオまで」。後にも先にももう2度と口にすることはないだろう。

間もなく始まる収録に意識を集中させる。同じ轍は踏まない。今回は2回目なのだ、緊張してただただそこに佇むことしかできなかった去年とは違うんだ。

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痛ましいほどの強張りと、苦々しいほどの硬直。結局、何らの手応えもなく、何らの爪痕も残せずまま、スタジオを後にしたあの日の記憶が蘇る。

www.journeyjourney-blog.com

去年の反省を活かし、事前にイメージトレーニングしようと何度か試みたが、結局まとまった時間が取れないまま当日の朝を迎えてしまった。湾岸スタジオまではまだ時間がある。集中して、イメージを膨らませよう。あらかじめパターンを想定し、自分なりの受け答えを用意して、リラックスすれば何か一つくらいは気の利いたことを言えるはずだ。嵐さんを前に、何か一つくらい気の利いたことを言えれば上出来だろう。

「あの、お客さん…」

意識は完全にシミュレーションの中のスタジオにいたが、運転手さんに声をかけられたことで車内に呼び戻された。

「はい…?」


運転手は寺尾聡に似ていた。渋い。

「あの、不躾なことをお聞きするようですが、お客さん、もしかして俳優さんですか?」

「い、いえ…」

「すいません、湾岸スタジオなんて年に一度行くかどうかなんで、つい…」

「そうですか…」

アキラはその風貌に似つかわず、どことなく弱気で、腰が低かった。まあいいや、と気を取り直して、脳内をスタジオに再シチュエートした。まずは立ち位置だ。去年は出だしからまず立ち位置を誤ったのがよくなかった。収録前にバミリ(人や物の配置を示す目印。業界用語)は事前に確認していたのにも関わらず、僕はそれを大幅に無視し、自ら出鼻を挫いた。あの時点ですでに自分を見失っていたのだ。

「じゃあ、いわゆる文化人さんか何かですか?」

 

意識が右から左へとウィンカーのように揺れる。ブンカジンサン?何だかサンフジンカみたいだ。ていうか、「文化人ですか?」っていう質問に対して「はい、文化人です」って答える文化人なんているのか?

「いや、違いますね…」

 

「あ、そ、そうですか。す、すいません、何度も変なこと聞いちゃって…」

 

アキラよ、あんた、さてはミーハーか。まあ、寺尾聡的な渋い紳士系ミーハーがいたとしてもおかしいことではない。そもそも俺が今、タクシーに乗って湾岸スタジオに向かっていること自体がおかしいのだ。車は月島から晴海方面へ左折し、意識はアキラからアラシへと右折した。

それと今年も「ジャーニー」と「ジャニ―」をかこつけて、何かいじってくれるかもしれない、去年はそれに対して、へつら笑いを浮かべることしかできなかった。今年はどうする?「ユー」とか差し込んでみるか?否、そんなことしたら…、否、そもそもそんな勇気が…。

 

「いやね、私も長いことこの仕事やってるんで…」

 

はい、わかりました。はい、100%諦めるよ、アキラ。こんな付け焼刃であれこれ考えたって、どうせ実際現場にいったら全部ぶっ飛ぶんだ。っていうか、アキラ、いきなりハンドル切ったね。さっきまでミーハー感滲み出してたのに「いやね、私も長いことこの仕事やってるんで…」って、いかにも渋いイントロダクションじゃないか。だが、申し訳ないんだけど、俺はアキラのキャラとペルソナの設定に時間を割くことはできないんだよ。

「なんとなくわかるんですよね。私はね、お客さんのこと見て只者じゃないなって思いましたよ」。

いや、只者だよ、筋金入りの只者だよ。俺の行先が「湾岸スタジオ」だったから、そう思っただけで、行先が「上野」だったら、「この人朝から飲むんだ」って断定しただろうよ。つーか、俺がタクシーの運転手で乗客に俺が乗ってきて、行き先が湾岸スタジオだったら、ADとかマネージャーだとかもっと一般的な洞察を一般的にすると思うよ。

 

「じゃあ、何かの有識者かな?」

「い、いや…」

 
有識者と言えば、有識者なのか俺は…、どうなんだ…。って、そんなこと律儀に考えてる場合じゃないんだ。一応、有識者だから呼ばれてるんだが、去年はガチガチに緊張しすぎて何もできなかったし、何も言えなかったんだよ。だから、今、この時間を使って集中したかったんだよ、アキラ。

 

「お客さんが入ってきたときに、普通の人にはない圧、のようなものを感じたんですよ」

 

そりゃ、体型の問題だろうよ。俺だって全国放送前に少しは痩せようと思ったんだ。でも12月はとにかく忙しくて、食事を気にしてる余裕もないんだよ。

 

「圧、と言ったら、語弊があるかもしれません。どういう言葉で表現すればいいんでしょう?、オーラっていうか」

じゃあ、はじめからオーラって言えよ!!こういう場合、どちらかと言うと「アツ」より「オーラ」の方がすっと出てくる言葉だろうよ!!なんでこの局面で俺が今さら自分の体型と体重のことに気を揉まにゃならんのだ。

僕はアキラに投降した。この戦、もはやどうにもなるまい。

「運転手さん、内容のことはあんまり言えないんですけどね…、云々、昔バックパッカーをやってまして…、云々、今は飲食店をやってるんですけど…、というわけで詳しいは詳しいかもしれませんが、素人です、なんか申し訳ないんですけど…」

 

と僕が現状を説明すると、アキラは遠くにうっすら見えるレインボーブリッジを見ながら、

「やっぱり」

と言った。

ルビーの指輪』を渋く歌い上げたあとの聡のような表情をアキラはしていた。

「…」


「…」


いやいやいやいや、ちょと待てちょと待て。「Aだと思ったら、Aだった」、この場合に用いられるのが「やっぱり」。「Aだと思ったら、Bだった」に「やっぱり」は使わないし、使えないから。アキラ、最初、「俳優さんですか?」からスタートしてるんだよ?そのあとの「文化人」も「有識者」もかなりファジーだからね、その澄ました「やっぱり」って何?何と何がどう「やっぱり」?

その「やっぱり」を言い放ったあとは「的中させて俺はもう満足」と言わんばかりに、アキラは沈黙した。僕としては今さら沈黙されても、思考の行き場がない。これ以上詮索するのは野暮だ、なんて思っているんだろうか。どうせならもっと色々聞いてほしかったが、アキラは番組に興味があるわけではなく、乗客の身の上(と、それを言い当てること)に関心があるだけかもしれない。寺尾聡的な渋い紳士系ミーハー、は誤解だったのかもしれない。


やがて、湾岸スタジオが視界に入り、僕の緊張感は急激に高まった。もはやいかなる予断も余談も許されない、僕は精神を研ぎ澄ました。集中、そして集中。


「あのお客さん、もし差し支えなければ放送日を…」



聞くんかい!!
沈黙破るんかい!!
ミーハーかい!!



「1月3日の16時15分、フジテレビの『嵐ツボ』です。もしよかったら是非…」


というわけで、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


1月3日の16時15分、フジテレビの『嵐ツボ』も重ねてよろしくお願いします。



追伸:運転手さんへ

 

実はなかなかタクシーがつかまらず困ってました。 ありがとうございました。そして、おそらく運転手さんとお話しできたことで幾分、緊張が和らぎ、去年よりはリラックスして臨めたと思っております。重ねて御礼申し上げます。テレビの前でお会いできるのを楽しみにしております。