Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

【秋葉原路地裏酔いどれ感情論年末特別号①】「お引き取りください」

その「お引き取りください」はあまりにも冷たく、どこまでも無機質なように聞こえた。食い下がろうとしたが、その響きに余地はなく、僕は諦めてエレベーターに力なく吸い込まれた。松野さん(仮名)の形式的なお辞儀を虚ろに眺めたが、エレベーターは間もなく無慈悲に閉まった。考えてみれば、人生で初めて言われた言葉かもしれない。「お引き取りください」。


「終わったかもな」と思いながら、ふらふらとお店まで戻った。すっかり気力を削がれてしまった自分は予約も入ってなかったことをいいことに、夜の営業は見合わせようかとも考えた。が、同じタイミングでその日シフトに入っていたスタッフに「今日、これから友達が来るんですがいいですよね?」と聞かれ、それも改めた。正直、気が気じゃなかったけれど、お客さんが来ると言うのに突然、休業するわけにはいかない。

厨房に立ちながら、どうすればいいかを逡巡した。状況は極めてシビアであり、見通しは暗い。であれば、傷口が広がらないうちに見切りをつけるのも有効な選択肢なのかもしれない。そうも考えたが、その結論に至るに値する努力をしたかと自問すると答えは否だった。その結論はそれ相応の悪あがきをしてからにしようと思った。このままお引き取りするわけにはいかない。

2020年2月21日、日本政策金融公庫の所謂「コロナ融資」が始まった。この前にもあったはあったのだけど融資条件の中に「観光客激減による損失」や「旅館業」というワードが盛り込まれており、広く開放されているものではなかった。それが2月21日より門戸が広がった。J×Jは2月中旬に予約のキャンセルが始まっていた、この時点で完全に青ざめていた。このまま3月、4月もこれが続けばあっというまにキャッシュアウトだ。だから、なんの躊躇もなく(融資は借金が増えるということでもあるが)、この門戸開放に電光石火で飛びつき、2月26日の面談を取り付けた。

この融資の目的はコロナで経営が悪化した事業者が対象であり、その事業者の経営を助けるためのものなのだから、悪化状況の説明と収束後の返済能力だけ示せれば希望の満額とは言わずともそれなりの資金が融資されるものだと思っていた。しかし、担当者である松野さんの審査はとても厳しく、かなり執拗なものだった。松野さんはまず自分の経歴のチェックから入り、この部分にかなりの時間をつぎこんだ。7年前に勤めていた会社の社長のフルネームまで聞かれ、それをメモにとる始末。マジかよ…と僕は震撼した。経歴チェックでここまでやるのかよ、と。となると本題と肝心な部分、どれだけえぐられちゃうんだよ、と。そこまでの準備してないよ、ここで蹴られたら融資の話終わり?、終わっちゃったら終わっちゃうよ、え、え、マジ?、とこの時点ですでにすっかりコーナーに追い込まれてしまった。「ヤマモトさん、この事業計画ってコロナがすぐ収まることが前提の話だと思うんですけど、一部では半年から一年かかるって言われてますが、その点、どうお考えです?」と聞かれ、「いや、半年から一年かかったらほとんどの飲食店潰れちゃうでしょうよ、そんな前提には立てないわ」と僕も感情的になりながらも(実際は松野さんの言った通りになっているのだが、2月時点での松野さんのその仮定は感情的になるほど痛切だった)、その後、きっちり、みっちり絞られ、面談が終わるころにはすっかり疲れ果てていた。

最後の力を振り絞って、「松野さん、これ、通りますかね…?」と恐る恐る聞いてみた。


「検討します」


うわ、温度ねー、っていうか、血、通ってねー。


「でもこの融資って僕らみたいな事業主を支援するためのものですよね?」

「はい、ですので検討します」。

「あんたら、民間じゃないでしょ?これで通らなかったら、この融資制度一体何なんだよ。」

とまでは言ってないが、そのようなことをつい言ってしまったことを覚えている。が、その焦りと苛立ちに松野さんは特にこれといった感情を見せないまま、

 

「お引き取りください」


と、言った。


そして同日の夜、閉店後、僕の悪あがきが始まる。