Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

恋つづ-前編-

ご夫婦と思われたその二人はどうやら「夫婦」ではないらしい。

回転寿司のカウンター席で僕は鱧の握りを味わいながら、隣の席に座る二人の会話からそんなふうに推察した。年齢は二人とも70代前半と思われる。特にこれといった特徴も変哲もない、穏やかで優しい感じのおじいちゃんとおばあちゃんだ。けれど、夫婦ではないし、兄妹や親戚に類する関係でもなさそう。お友達と言えばお友達なのだろうけれど、それだけで割り切れるような雰囲気でもなく、かと言って、スキャンダラスな匂いを漂わせているわけでもない。感覚としては「付き合ってるわけではない中学2年生の男女が横に座っている」が一番近いように思える。けれど、世の中の「お友達と言えばお友達」という関係は無限の意味と蓋然性を孕み、それは中学2年生であれ、70歳の男女であれ同様で、時に最もプラトニックで、時に最もエモくエロく、往々にして切ない。

「これって何て読むかわかる?」

とおじいちゃんは携帯電話の画面をおばあちゃんに見せた。

おばあちゃんはお茶を啜りながら「ぎんざんおんせん」と言った。銀山温泉山形県の大正浪漫の温泉郷

「いや、俺の携帯にさ、ここの温泉の広告がしつこく出てきてさ、行ってみてえなーと思っててさー」

「私もこの前、テレビで見たわよ」

「けっこうしつこく携帯に出てくるから、しつこくてさー」

広告のしつこさを不自然に連発している、というか、広告のしつこさをしつこく言及しているところに、おじいちゃんの動揺と心拍の乱れが伺える。僕の隣に座るおばあちゃんは身体をおじいちゃんの方に向けているので、僕は彼女の脈はおろか、表情を捉えることもできない。茶を啜り続けるおばあちゃんはおじいちゃんの胸の高鳴りと血圧の上昇を感じ取っているだろうか。


「でもさあ、広告見ると"2名様〜"ってなってんだよなー。1人じゃ行けねーんだよなー」

おじいちゃんは完全にドキドキしている。お寿司どころではない。

おばあちゃんを挟んで僕も完全にドキドキしている。僕もお寿司どころではない。

おばあちゃんはやはり茶を啜っている。

僕も箸を置き、仕方なく茶を啜る。

僕は茶を啜りながら、茶を啜るおばあちゃんの背をちらりと見る。なんだか、その落ち着きっぷりに数々の歴戦を超えてきた「やり手の女子の背中」に見えてきた。


「一緒に行かないか?」とおじいちゃんは言った。


僕の脳内ではOfficial髭男dismの『I Love…』のイントロが流れた。まさに『恋はつづくよどこまでも』 だ。

けれど、それはあくまで僕の脳内の話で、実際はいかにも回転寿司屋で流れていそうなメロディーがいかにも流れている。ちなみに今日のおススメは僕が食べた「鱧」と「金目鯛」らしい。そして、今、僕の隣ではおじいちゃんがおばあちゃんを銀山温泉へのデートに誘っている。