このようにして、ランチに実際に使用する器は決まった。次はこの器に何をのせるか、だ。勿論、開店準備の中でランチメニューに何を出すかは前もって考えていたけれど、器が決まらない限り、細部を詰め切れない。ここからは自分のイメージを具体的に実現していく作業になる。
2017年6月現在、ランチは3種類、日によっては4種類提供しているが、オープン当初は2種類しか用意していなかった。最初から3種類はオペレーションがついていけないと思っていたし、まずは2種類に集中し、定着させた方が後々に活きてくるだろうと考えていた。
2種類しか用意しない以上、一つは日替わりにすることも決めていた。逆にもう片方は固定し、レギュラーメニューにする。そのレギュラーをカオマンガイにすることもオープン前から決めていたことだ。オープン当初のランチ営業において僕が「失敗」したと思っているのはまさにこのカオマンガイなのだけど、まずはもう一つの「日替わりランチ」について触れたい。
「多国籍」としながらも結局アジア料理の寄せ集めになりがちな一般的な傾向と差別化し、南米やアフリカの料理も取り入れて展開していきたいと思っていたけれど、いきなりそこまで尖ることはできない。ましてやランチタイムではなおさら難しい。「世界の料理」と言ってもできるだけポピュラーで、既に広く認知されているものを中心に組み立てていく必要があった。例えば、グリーンカレー、トムヤムクン、バターチキンカレー、パエリアなどスーパーでもレトルトで売られてるようなラインナップ。でも、そうすると意外とバリエーションが広がらず、ワンパターンに陥るのは明らかだった。そこで、バリエーションを出すために中華の領域に手を出そうかと考えたけれど、中華料理店は商圏内にひしめきあっている。付け焼刃の中途半端な中華で太刀打ちできるとは思えない。
ただでさえ限定されていると言うのに、購入したプレート皿で提供するとなるとさらにその範囲は狭まる。上記のトムヤムクンはスープであり、底のないプレート皿では提供しえない。スープをもとより、汁っ気の強いものは全般的にNGとなる。また例えば専門性を要するメニューを迂闊に手を出すのもリスキーだ。インド料理屋のバターチキンンに渡り合うことはできないし、ランチタイムで正しいパエリアを正しく出すのは専門店でないかぎり、ほぼ不可能に近い。パエリアっぽいものを作って強引に「パエリアです」と提供したとしても、かえって心象を悪くするだけだろう。
そもそも僕は全てにおいて中途半端なのだ。
だから発想をひっくり返すことにした。専門店の専門的なメニューとは一線を画し(と言うよりも戦線離脱し)、自店だけのオリジナルのスタイルの中で「世界のランチ」を表現しよう。中途半端なのであれば、その半端感を逆手にとり、見せ方を工夫して、独自のパッケージにくるんで提供すればいいのではないかと思い至った。その「独自のパッケージ」というのが表題の「シーズンドライス」。ちなみに、このシーズンドライスというのは僕の造語で検索しても、2年前のオープン当初にランチのゲストが書いてくれたレビューが上がってくるだけで、今この世界にこの言葉は存在しない(現在は「世界の日替わりランチ」としか表記していない)。
「炊き込みご飯」を英訳すると「Rice cooked」と出てくる。でも、ライスクックドって言うのもなあ…。かと言って「炊き込みご飯」という直接的すぎて気が引ける。何かいい表現はないかと色々調べていたところに出てきたのが「Seasoned」という言葉。「香りづけされた、調味された」という意味があり、Rice Seasonedと表記されることがある。これは悪くないと思い、前後を逆さにして「シーズンドライス」とした。
でも結局、1か月後にはシーズニングライスに再変換した。英語としては正しくないのだけど言いやすさを優先させた。シーズンドライスがこの世に存在していた短い期間に、ゲストがお会計の際に「えーっと、なんだっけ、シーズンドライスです」と伝えてくれたあの光景を今でもたまに思い出す。蝉の一生のように儚く、あっという間に天に召された(葬った)けれど、シーズンドライスは確かにこの世に生を受けたのだ。
という流れで、当時、僕は毎日、カオマンガイ用に米を炊き続け、シーズンドライス用に米を炊き込み続けた。グリーンカレーも、パエリアも、バターチキンも片っ端から炊き込みご飯にした。一年くらいして、追いつかなりもうやめてしまったけれど、今でも悪くないアイディアだったと思うし、いつかまたやりたいなと思っている。我らの、我らがシーズンドライス。相変わらず言いにくいので、もっとキャッチーな名前にすると思うけど。
なんと後編に続く。