3月1日の契約開始とともに各業者との打ち合わせが連日のように続いた。どういった業者と、どういう打ち合わせが必要だったか、については次回の記事で書こうと思うが、まずともかく頭を悩ませたのは酒屋との打ち合わせだった。酒屋自体は直前まで勤務していたお店のオーナーに紹介していただき、そのまま踏襲させていただいた。よって、酒屋選びには時間をかけていない。
問題は酒屋を通してどのビールメーカーと契約を結ぶか、ということだった。
お店によってそれぞれスタンスは違うし、様々な方法があると思うのだが、基本的には「契約したビール会社にサーバーを借りて、そのビール会社が取り扱うビール(生樽)を提供する」という原則がある。つまり、A社ならA社のビールを、K社ならK社のビールを、という按配だ。
契約期間も一般的に2、3年。一度決めたら簡単に変えられるものではない。
各メーカーが扱う主力ブランドに対する自分の評価及び、単純な好みがまずは分かれ目になると思う。個人的には暑い日にぐびぐびっと飲むならA社、落ち着いてゆっくり味わうならSA社、なのだが、K社の渋さも好きだし、SU社の華やかな感じも嫌いではない。
というわけで、「お店のシーンに合うビールはどれか?」というのが、「好み」の次の選択基準となる(あくまで個人的な見解だけども)。そう考えると、うちの場合、A社はちょっと違うような気がするなあ、みたいな具合で。
さらに考えるべきは、「各社が主力の他にどういった品揃えを持っているか」ということになる。J×Jにおいてはそれぞれのメーカーが扱う海外ビールの品目がポイントだった。
A社:レーベンブロイ(ドイツ)、バスペールエール(イギリス)、ヒューガルデン(ベルギー)etc
K社:ハイネケン(オランダ)、バドワイザー(アメリカ)、ギネス(アイルランド)
SA社:なし
こう見ると、A社のラインナップが充実しているように思えるが、K社がギネスを扱っているのも魅力的。
そして、協賛金の存在。要はメーカーさんからの開店祝い金。店に規模によってもその提示金額は変わってくるし、勿論景気や消費者動向にも左右されるので一定のものではない。
加え、各社の提示金額が思った以上にばらけていた。暗黙のルールみたいなものがきっとあって、各社足並み揃えて金額にそれほどのばらつきはないだろうと踏んでいたけれど、わりと極端にそれぞれの提示金額に差異があった。この金額のばらつきがより混迷を加速させた。
勿論ビールそのものの価格も考えなければならないし(海外ビールの価格はブランドによって大きく異なる)、樽のサイズのバリエーションも検討項目の一つになる。仕入れたいアイテムがあったとしても大きなサイズでしか買えない場合、品質管理の問題が出てくる(ビールにも賞味期限があるので売れ残った場合、ロスになってしまう)。それにメーカーによって樽の形も異なるので、そもそも自分が設置したい場所に置けるかどうかという根本的な問題も出てくる。
このようにどのビールメーカーと契約するかを選ぶのは思った以上に難しく、思った以上に重要な選択となる。
とは言え、悠長に考えてる時間もない。自分の中でプライオリティーと諸々のバランスを考慮した結果、
僕はSA社との契約を決断した。
勿論、ちゃんと考えたけれど、決め手の一つにSA社が掲げる「丸くなるな、星になれ」という言葉の存在がある。「丸くなるな、星になれ」はSA社の主力商品のキャッチコピー。この小さな店が、この路地裏で生き残っていくためには、丸くなってはいけないのだ。まさに星にならなければならないのだ。という気概を込めて、SA社との契約を決意した。
「山本さん、近くにKB社(K社の清涼飲料部門を扱う会社)の大きい営業所があるのにSA社にしちゃっていいんですか?」
と加藤に聞かれ、少しうろたえた。
そういう力学は確かに存在する。本社のお膝元にある飲食店は大体において、その会社と契約する。ただJ×Jの場合、「本社」のお膝元ではないし、ましてやKB社は「ビールメーカー」ではない。実際のところ、それほど影響はないだろうと算段した。
「いいか、加藤」と僕は語気を強める。
「丸くなるな、星になれ。以上」
「そうですか、ならいいんですけど…」
「…」
「…」
「やっぱり、まわりのお店がどのビール使ってるか、チェックしに行こう」
周辺のお店のほとんどがK社のビールのポスターを掲げていた。
「じ、実際、どれくらいなんだろうな…。大きな営業所って言ったって、全体の数からすればたかが知れてるんじゃないかな」
白い巨塔のように聳え立つ三井記念病院と肩を並べるオフィスビル。改めてよく見てみると、KB社はその中の2フロアを占めていた。
「1フロアじゃないんだね…」
ざっと、4,500人といったところだろう…。
「とりあえず帰ろうか…」
と、僕は所在無げに加藤に言った。
2016年現在、生ビールをKB社のハートランドから他に切り替える予定はない。ハートランドは上品かつ滑らかでJ×Jとの相性は非常にいいと考えている。国産で、日本人に合う口当たりでありながら、漂う無国籍感も素敵。缶ビールでは流通されていないため、特別感を醸せるブランディングも魅力的だ(そもそも僕はK社と契約するまでハートランドのことをよく知らなかった)。
そして、まだまだ自分の力不足ではあるけれど(件数は少ないけれど)、ありがたいことに何回かお店をご利用いただいているし、KB社の清涼飲料を使用したオリジナル商品を提案したりと微力ながらにお仕事もさせていただいている。2016年度のKB社の料飲店向けパンフレットにアイディアを掲載させていただいたのは嬉しかった。
巨塔を後にして、路地裏のお店までとぼとぼと歩いた時のことを今でも鮮明に記憶している。
「いいか、加藤」と僕は言う。
「星になるな、丸くなれ」。