「最初からランチ営業をするかどうか」というのはオープンまでの準備期間中における一つの検討項目だった。「はじめはどっちか片方から始めて、慣れてきてから両方やるといいよ」と諸先輩方のアドバイスもあり、この如何についてしばし逡巡していた。
想定される売上の構成比を考えれば当然、そのウェイトはディナータイムに傾くことになる。けれど、あの立地でふらっと入ってくる人が多くいるとは思えなかったし、かと言って、呼び込むための割引やセールを無鉄砲に展開するつもりもなかった(仮にそれで呼び込むことができたとしても、その来客を二人で対応できるとは思えなかった)。だとすれば、最初はご予約いただいたゲストのみを対応し、あとは閉めておこうかとも考えたけれど、先々を考えるとその案もリスキーだった。もともと橘さん(前テナント)はディナータイムの営業を行っていない。僕としては「今回のお店は夜も営業してる」と近隣に認識してもらうことは早急の重要課題の一つだった。
ディナータイムは常に開ける。仮に最初、ゲストが全く来なかったとしてもディナーは開けておく。ではランチはどうするか。
オープン直後にのしかかるであろう負担を考えれば、「最初は開けずに様子を見る」というのも一つの考え方だった。けれど、自店はリーズナブルな中華や蕎麦屋、大衆食堂がひしめく中の路地裏だ。ランチを開けなければ、そもそもお店の存在を認知してもらうことすら困難だろう。この界隈において「多国籍料理」という異質に足を運んでもらうためには、まずはランチに来てもらう他ない。これも同様に必要条件だった。結論、ランチもディナーも最初から開けることにした。
オープンと同時にランチ営業もスタートさせる、ということを決めた時点で僕はA子とJ子に連絡し、それぞれに時間をとってもらった。
勿論、ランチに対する自分なりのアイディアや、表現したいものは初めから持っていた。加えて、僕が前に勤めていたお店もランチから営業していたので何となくの感覚は掴んでいるつもりだ。けれど、主観や既成に依拠するだけでなく、まっさらな意見を取り入れておきたかった。自分自身、「お昼に外に出てランチをとる」という習慣を持ったことは今までなかったし、世界一周と開店準備のためにずっと切り詰めてきた自分にとって、ランチは真っ先の節約対象だった。さらに、自店がまずターゲッティングすべきは女性客であることは明白だった。今の内装で、そして多国籍料理という保守から外れたお店に、男性客が無警戒に入ってくることは考えにくい。
自分が女性客のランチにおけるニーズやウォンツのディテイルを汲み取れるとは到底思えない、そうした前提の上、都市部かつ典型的な事業所立地に勤務するA子とJ子にランチ事情をヒアリングすることにした。
ポイントにしたのはヒアリングを2人にとどめたことだった。時間的な問題もあるが、これだけ嗜好が細分化され、価値観や生活習慣、金銭感覚がばらつく中で広く意見を募ることは適切だとは思わなかった。かと言って、僕ともう一人の意見というのも平面的に感じられたので、二人からの意見を参考にし、そこに自分の考えを加えることで情報の立体化を試みた(加藤はこれまでの半生におけるほぼ全ての昼食を唐揚げ定食に捧げてきた人間なので戦力外)。
A子もJ子も昔からの友人で付き合いは長い。「自店にあてはまる立地で勤務しているから」、だけではなく、親しい女性の友人の中では最も聡明、的確、柔軟と思っていて、それがそのまま二人にご協力をお願いした理由だった。こうしたヒアリングを求めるときは二人を頼ろう、ということは前々から決めていた。
今回及び次回の記事において、たまたまランチに焦点をあてるが、このスタンスは全体を通して一貫しているし、引き続き、貫くことになると思う。営業を続ければ続けるほど、課題や改善点は次から次へと表面化してくる。自分で気付くこともあれば、加藤やゲストに気付かされることもある。言葉にならなくても、感じることがある。プライオリティーに照らし合わせて、即日対応することもあれば、手をつけられないままでいるものもある中で、発展的なマイナーチェンジを地道に繰り返していくしかない。
けれど、あえて言うと、その全てを克服するのは至難で、選択と集中と断捨離は余儀ないことのように思える。もしその置き去りにしたものを回収したいと思うのであれば、違うタイミングで、違う場所で昇華させるのが賢明だろう、多分。
話が大きく膨らんでしまったけれど、ヒアリングは積極的でありながら、慎重でなければならないということ。でなければ、主格も目的格も出鱈目になり、浮かび上がる出鱈目なセンテンスではきっと何も表現できない。
以上に基づき、「選り好みも偏りもなく、フェアでクレバー」であるA子とJ子に第三者としての意見を求めた。その内容については次回に持ち越す。そして、写真は加藤が先日、お休みの日に食べたという、錦糸町、『とり多津』さんの「唐揚げ定食」。