ランチ営業を終え、急いで駆けつけるとお店はまだ営業中だった。店内に入るとお客さんは一組、そして店のオーナーが厨房に立っていた。
「ごはんセットしかないんですけどよろしいですか?」と聞かれ、「はい」と返答。どうやらメニューは日替わりの定食のみらしい。間に合ってよかった、と安心したところで店内を落ち着いて眺めてみると、お店全体が真白く仕立てられていることに気付く。テーブル、イス、壁、全てが真っ白だった。
*契約後に撮影した写真
まさにこの「白」こそオーナーの奇人たる所以の顕れであるのだが、その時は「白いなあ…」くらいにしか思わなかった。反対にオーナーはと言うと上から下まで全身黒づくめ。見事なモノトーン。
怪しまれないようにこっそり店内を見渡しているうちに「ごはんセット」が運ばれてきた。おかずが3種(手羽元の煮込み、小松菜のお浸し、焼き鯖を巻いた玉子焼き)にサラダとご飯と味噌汁。最もボリューム感があるのはサラダで、あとは小鉢に軽く盛る程度。完全に女性をターゲットにしたセットメニュー。味も繊細かつ丁寧。いかにも健康志向の高い女性にウケそうな味付けになっていた。
寡黙な店主はお店の雰囲気に似つかわしくない僕を特に訝しむことなく淡々と仕事を続けていた。話をしてみたいと気持ちもあるが他のお客さんもいるし、今日のところは大人しくそのまま切り上げることにした。
店に戻って思い返すに、これ以上にないと言える物件だと認めざるをえなかった。規模、間取り、厨房の具合などまさに理想的。大通りから一本路地に入り、さらに細い路地を抜けなければならないという立地的な問題はあるものの、そもそも立地のいい物件を抑えられるほどの予算はない。
自分の胸の中で言い知れぬものがざわめくのを感じた。明日もう一度行こうと思った。
翌日、同じような時間に店に行くとすでにシャッターを半分降ろしていた。けれど、外出しているわけではなさそうだった。出直すか、突撃するか、どうしたものかと思い悩んだ。普段の自分はあまり直球を好まない。好めない。こういったケースにおいて、何かにつけて自重してしまう方なんだけども、この時はキャッチャーのサインに首を横に振ることなく、要求通り、直球を投げ込むことにした。
「あの、すいません。私、山本と申しまして秋葉原の飲食店で働いている者なのですが、ちょっとオーナーさんにお伺いしたいことがありまして…。お忙しいところ大変申し訳ないのですが、少しお時間いただいてもよろしいでしょうか…?」
我ながら不躾な投球だとは思ったけれど、振り上げた以上、もうピッチャーマウンドからは降りられない。
オーナーは特に警戒することなくすんなりと僕を店に入れ、お茶を用意してくれた。ワンストライク、だろう、多分。
当たり障りのない挨拶を済ませながら、次に投げるボールを考えた。が、ストレートの直球以外に球種はない。
「先程も申し上げたとおり、今私は秋葉原の飲食店で働いているのですが、来年同じ秋葉原で独立するのを考えています。少しずつ物件を探し始めているのですが、その中でオーナーさんがこちらのお店を辞められるかもしれないという噂を耳にしました。それが本当なのかどうかをお聞きしたくて失礼を承知の上で、お伺いさせていただいた次第です」
我ながらあっぱれな失礼だった。危険球の判定で一発退場になっても文句は言えない。
「どんなお店にしたいんですか?」
相手の出方を伺いながら投球を組み立てるはずが、いきなりのピッチャー返しに僕の方がたじろぎ、自分の身の上をぺらぺらと話し始める、という思わぬ展開となった。