Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

「ヤマモトさん、あなた、今日死ぬかもしれないの」物語vol3

一刻も早く痛みを和らげるために病院に駆け込んだわけだが、結果的に8時40分から11時まで何らの処置もされないまま、ただただ時間だけを浪費することになった。こんなことになるなら初めからドラッグストアでロキソニンだけ買えばよかったじゃないかと思ったが、この期に及んでその場しのぎもなかろう、まずは何はともあれ市販では太刀打ちできない正しくかつ強力な薬を飲むべきだ。と思いながら、医師から渡された処方箋を見ると「ロキソニン」と堂々と書いてあった。よくもまあこの期に及んだな、よくもまあその場でしのんだな、と思った。かつての戦場で死んでいった喉ぬーるスプレーやハレナースに思いを馳せた。

とは言え、他の薬も出ていたので気を取り直して薬局に向かったが、薬局は薬局で絶望的な列をなしていた。20人は座れるであろうベンチシートに20人がきっちりびっしり座っていた。この場所にいることと、この時間を過ごしていることが最も不健康だと結論づけた。薬は諦めて、行きつけの耳鼻科(と言っても1年に一度行くかどうか程度で、いかにも古びたいかにもレトロな耳鼻科でまるで人気はない)がある秋葉原に向かうことにした。現在の時刻は11時10分、診療時間はあと50分。さすがに自転車はしんどい、おとなしくタクシーを拾うことにした。


接客は至極丁寧な初老のタクシードライバーだったが、運転が荒かった。走行開始早々、並行して走るバイクと接触しそうになった。その大型バイクを運転しているのはギラギラしたお兄さんで、そのお兄さんの前にカンガルーのように子供が座り、ゲームをして遊んでいる。お兄さんはあからさまに戦闘モードで、威嚇的にオラオラし、挑発的にチラチラしている。今にも絡んできそうな勢いだが、タクシードライバーは見て見ぬふり、子供はその局面においてなおゲームに夢中だ。


もしここで煽られようなら、タクシーを停車させられるようなことがあったらいよいよK点突破だなと覚悟した。万策が尽き、万事が休し、絶対に絶命だ。時間はないのだ。12時を過ぎれば、セカンドオピニオンももらえないし、強力な薬を処されることもないままま、僕は破れかぶれのロキソニンを飲んで、痰がつまって窒息することを想像しながら、恐怖の一日を過ごすことになるだろう。その状況そのものにもはや呼吸困難だ。ところでドライブレコーダーにはどう映るだろうか。日本全土に悪名を轟かせた「ガラケーおばさん」の姿が脳裏に浮かぶ。僕らはなんと命名されるだろう、「ゲームボーイ」に「扁桃腺おじさん」だろうか。「痰メン」、いやいや、「痰痰」、いやいや、でもシャンシャンみたいでかわいいじゃないか。そんな虚ろなことを虚ろに思い描いていると、バイクは何事もなく左折していった。

 

程なくして目的地の耳鼻科に到着。またさっきの病院みたいに混んでたらどうしようと恐る恐るドアを開けると、待合スペースには一人いるだけ。よかった、これだよこれ、と多いに安堵して受付へ。保険証を渡し、「ではおかけになってお待ちください」と言われ、腰を掛けようとすると奥から「ヤマモトさーん、どうぞー」と呼ばれた。先にいた一人はすでに会計待ちのステータスだったのだろう。ということで待ち時間0秒で診察室に呼ばれた。「ここがヤブだったとしてももう別にかまわない」という支離滅裂な境地に達するほど僕は消耗していて、錯乱していた。

 

「あー、扁桃腺が腫れてますねー」と医師は言った。ああ、そのとおりだ、と僕は思った。僕は恋の病を患ってこの寂れた耳鼻科を訪れたわけではないのだ。ご存知のとおり、地球はまわっていて、海は広く、空は高く、そして、僕の扁桃腺は腫れている。「じゃ、お薬だしとくねー」と言って診察は終わった。多分ドアを開けてから診察が終了するまで260秒くらいだ(4分は経過しているが、5分はかかっていない、そんな感じだ)。生死を彷徨ったあの2時間20分の攻防戦は一体何だったのだろうか。「せ、せんせい、さっき別の病院に行ったんですけど、これを見せろと言われて…」と慌てて写真を差し出した。「入院の必要があると言われたんですけど…」と恐る恐る尋ねる。

 

「したかったらしてもいいけど…」と医者は言った。立派なセカンドオピニオンだ。したかったらしてもいい、したくなかったらしなくてもいい。死を示唆されたことも言おうと思ったがやめた。痰はつまるかもしれないし、つまらないかもしれない。死ぬかもしれないし、死なないかもしれない。これほど武装されたオピニオンが他にあるだろうか。


結局、今日のところは死なない方にベットした。多分、今日は死なない。

 

薬を飲んで仮眠をとった。起きると、腫れは引いていた。拍子抜けした。


けれど、少なからず「ああ、よかった、死んでない」と思ったのは事実だし、そんなことを思ったのも生まれて初めてのことだ。 


 

地球はまわっていて、海は広く、空は高く、そして僕は生きている。

 

 

っていう、「風邪をひいた」、って話。

 

 

っていう、「風邪には気をつけようね」、って話。