Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

【2018年版】百姓「山本ジャーニー」のジャニーズ「嵐」への冒険

2017年12月某日。僕は疲れきっていた。

繁忙期である12月、初めての3店舗運営、新年を見越しての新しい仕事への準備、年度末の経理業務などが一手に押し寄せる12月ならではの疾走感の中で、キャパオーバーのラインをぎりぎりにさまよいながら、その朝、重たい体を起こし、普段着ない上着を羽織って、普段背負わないリュックの中にサロンを入れた。

湾岸スタジオまで」と運転手に言った。去年は局側が手配したタクシーが店まで迎えに来てくれたので自分の口から行先を告げることはなかった。「湾岸スタジオまで」。後にも先にももう2度と口にすることはないだろう。

間もなく始まる収録に意識を集中させる。同じ轍は踏まない。今回は2回目なのだ、緊張してただただそこに佇むことしかできなかった去年とは違うんだ。

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痛ましいほどの強張りと、苦々しいほどの硬直。結局、何らの手応えもなく、何らの爪痕も残せずまま、スタジオを後にしたあの日の記憶が蘇る。

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去年の反省を活かし、事前にイメージトレーニングしようと何度か試みたが、結局まとまった時間が取れないまま当日の朝を迎えてしまった。湾岸スタジオまではまだ時間がある。集中して、イメージを膨らませよう。あらかじめパターンを想定し、自分なりの受け答えを用意して、リラックスすれば何か一つくらいは気の利いたことを言えるはずだ。嵐さんを前に、何か一つくらい気の利いたことを言えれば上出来だろう。

「あの、お客さん…」

意識は完全にシミュレーションの中のスタジオにいたが、運転手さんに声をかけられたことで車内に呼び戻された。

「はい…?」


運転手は寺尾聡に似ていた。渋い。

「あの、不躾なことをお聞きするようですが、お客さん、もしかして俳優さんですか?」

「い、いえ…」

「すいません、湾岸スタジオなんて年に一度行くかどうかなんで、つい…」

「そうですか…」

アキラはその風貌に似つかわず、どことなく弱気で、腰が低かった。まあいいや、と気を取り直して、脳内をスタジオに再シチュエートした。まずは立ち位置だ。去年は出だしからまず立ち位置を誤ったのがよくなかった。収録前にバミリ(人や物の配置を示す目印。業界用語)は事前に確認していたのにも関わらず、僕はそれを大幅に無視し、自ら出鼻を挫いた。あの時点ですでに自分を見失っていたのだ。

「じゃあ、いわゆる文化人さんか何かですか?」

 

意識が右から左へとウィンカーのように揺れる。ブンカジンサン?何だかサンフジンカみたいだ。ていうか、「文化人ですか?」っていう質問に対して「はい、文化人です」って答える文化人なんているのか?

「いや、違いますね…」

 

「あ、そ、そうですか。す、すいません、何度も変なこと聞いちゃって…」

 

アキラよ、あんた、さてはミーハーか。まあ、寺尾聡的な渋い紳士系ミーハーがいたとしてもおかしいことではない。そもそも俺が今、タクシーに乗って湾岸スタジオに向かっていること自体がおかしいのだ。車は月島から晴海方面へ左折し、意識はアキラからアラシへと右折した。

それと今年も「ジャーニー」と「ジャニ―」をかこつけて、何かいじってくれるかもしれない、去年はそれに対して、へつら笑いを浮かべることしかできなかった。今年はどうする?「ユー」とか差し込んでみるか?否、そんなことしたら…、否、そもそもそんな勇気が…。

 

「いやね、私も長いことこの仕事やってるんで…」

 

はい、わかりました。はい、100%諦めるよ、アキラ。こんな付け焼刃であれこれ考えたって、どうせ実際現場にいったら全部ぶっ飛ぶんだ。っていうか、アキラ、いきなりハンドル切ったね。さっきまでミーハー感滲み出してたのに「いやね、私も長いことこの仕事やってるんで…」って、いかにも渋いイントロダクションじゃないか。だが、申し訳ないんだけど、俺はアキラのキャラとペルソナの設定に時間を割くことはできないんだよ。

「なんとなくわかるんですよね。私はね、お客さんのこと見て只者じゃないなって思いましたよ」。

いや、只者だよ、筋金入りの只者だよ。俺の行先が「湾岸スタジオ」だったから、そう思っただけで、行先が「上野」だったら、「この人朝から飲むんだ」って断定しただろうよ。つーか、俺がタクシーの運転手で乗客に俺が乗ってきて、行き先が湾岸スタジオだったら、ADとかマネージャーだとかもっと一般的な洞察を一般的にすると思うよ。

 

「じゃあ、何かの有識者かな?」

「い、いや…」

 
有識者と言えば、有識者なのか俺は…、どうなんだ…。って、そんなこと律儀に考えてる場合じゃないんだ。一応、有識者だから呼ばれてるんだが、去年はガチガチに緊張しすぎて何もできなかったし、何も言えなかったんだよ。だから、今、この時間を使って集中したかったんだよ、アキラ。

 

「お客さんが入ってきたときに、普通の人にはない圧、のようなものを感じたんですよ」

 

そりゃ、体型の問題だろうよ。俺だって全国放送前に少しは痩せようと思ったんだ。でも12月はとにかく忙しくて、食事を気にしてる余裕もないんだよ。

 

「圧、と言ったら、語弊があるかもしれません。どういう言葉で表現すればいいんでしょう?、オーラっていうか」

じゃあ、はじめからオーラって言えよ!!こういう場合、どちらかと言うと「アツ」より「オーラ」の方がすっと出てくる言葉だろうよ!!なんでこの局面で俺が今さら自分の体型と体重のことに気を揉まにゃならんのだ。

僕はアキラに投降した。この戦、もはやどうにもなるまい。

「運転手さん、内容のことはあんまり言えないんですけどね…、云々、昔バックパッカーをやってまして…、云々、今は飲食店をやってるんですけど…、というわけで詳しいは詳しいかもしれませんが、素人です、なんか申し訳ないんですけど…」

 

と僕が現状を説明すると、アキラは遠くにうっすら見えるレインボーブリッジを見ながら、

「やっぱり」

と言った。

ルビーの指輪』を渋く歌い上げたあとの聡のような表情をアキラはしていた。

「…」


「…」


いやいやいやいや、ちょと待てちょと待て。「Aだと思ったら、Aだった」、この場合に用いられるのが「やっぱり」。「Aだと思ったら、Bだった」に「やっぱり」は使わないし、使えないから。アキラ、最初、「俳優さんですか?」からスタートしてるんだよ?そのあとの「文化人」も「有識者」もかなりファジーだからね、その澄ました「やっぱり」って何?何と何がどう「やっぱり」?

その「やっぱり」を言い放ったあとは「的中させて俺はもう満足」と言わんばかりに、アキラは沈黙した。僕としては今さら沈黙されても、思考の行き場がない。これ以上詮索するのは野暮だ、なんて思っているんだろうか。どうせならもっと色々聞いてほしかったが、アキラは番組に興味があるわけではなく、乗客の身の上(と、それを言い当てること)に関心があるだけかもしれない。寺尾聡的な渋い紳士系ミーハー、は誤解だったのかもしれない。


やがて、湾岸スタジオが視界に入り、僕の緊張感は急激に高まった。もはやいかなる予断も余談も許されない、僕は精神を研ぎ澄ました。集中、そして集中。


「あのお客さん、もし差し支えなければ放送日を…」



聞くんかい!!
沈黙破るんかい!!
ミーハーかい!!



「1月3日の16時15分、フジテレビの『嵐ツボ』です。もしよかったら是非…」


というわけで、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


1月3日の16時15分、フジテレビの『嵐ツボ』も重ねてよろしくお願いします。



追伸:運転手さんへ

 

実はなかなかタクシーがつかまらず困ってました。 ありがとうございました。そして、おそらく運転手さんとお話しできたことで幾分、緊張が和らぎ、去年よりはリラックスして臨めたと思っております。重ねて御礼申し上げます。テレビの前でお会いできるのを楽しみにしております。