Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

『J×Jの冒険』への冒険vol10.【ほぼ『ねじまき鳥クロニクル』引用編②】

村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』、引用、続く。

 

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「うまくやるためのコツみたいなものはちゃんとあるんだ。そのコツを知らないから、世の中の大抵の人間は間違った決断をすることになる。そして失敗したあとであれこれ愚痴を言ったり、あるいは他人のせいにしたりする。俺はそんな例を嫌というくらい見てきたし、正直に言ってそういうのを見るのはあまり好きじゃない。だからあえてこういう偉そうな話をするわけだけど、コツというのはね、まずあまり重要じゃないところから片づけていくことなんだよ。つまりAからZまで順番をつけようと思ったら、Aから始めるんじゃなくて、XYZのあたりから始めていくんだよ。何か大事なことを決めようと思ったときはね、まず最初はどうでもいいようなところから始めた方がいい。誰が見てもわかる本当に馬鹿みたいなところから始めるんだ。そしてその馬鹿みたいなところにたっぷりと時間をかけるんだ。

 

俺のやってるのはもちろんたいした商売じゃないよ。銀座にたかが四軒か五軒、店を持っているだけだ。世間的に見ればけちな話だし、いちいち自慢するほどのことじゃない。でも成功するか失敗するかということに話を絞れば、俺はただの一度も失敗しなかった。それは、俺がそのコツのようなものを実践してきたからだよ。他のみんなは誰が見てもわかるような馬鹿みたいなところは簡単にすっ飛ばして、少しでも早く先に行こうとする。でも俺はそうじゃない。馬鹿みたいなところにいちばん長く時間をかける。そういうところに長く時間をかければかけるほど、あとがうまく行くことがわかってるからさ」

 

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「っていうくだりが『ねじまき鳥クロニクル』の中にあったんで、もしかしたら、橘さん、村上春樹のこと好きなのかなあと思ったわけです」

 

 

「なるほどね」と橘さんは言って、席を立ち、コーヒーのお替りを用意してくれた。

 

 

「山本さん、私はこの店で自分が表現したいと思ったことは全てやり切ったと思っています。そういう意味では特に未練はありません。けれど、もしこのお店を手放すとしたら、田舎にある実家に帰ることになるし、おそらく東京に出てくることもないでしょう。まあ、それなりの決断だし、両親への相談もなしに決められるものでもありません」

 

 

「はい」

 

 

「それに仮に私が契約を解除したとしても、イコール、山本さんの物件になるという話でも当然ありません。その判断をするのは私ではなく、管理会社です」

 

 

「はい、承知しております」

 

 

「いずれにせよ、少し時間をください。私自身、腰を据えて今後の身の振りを考えてみます。缶ビールを持って、カナダのツンドラに突っ込むという案も含めてね」

 

 

と橘さんは笑って言った。自分がこの発言に対し、どういう表情をしたか、自分でもよくわからない。

 

 

「たまに遊びに来てもいいですか?」

 

 

「もちろんです。この前、お客さんにグレンフィデックの上等なやつをいただきました。一緒に飲みましょう」

 

 

 

 

 

この日はこうしてお暇した。手応えは曖昧で、先行きは不透明ながら、地殻が揺れ動くのを感じた。どうであれ、なんであれ、今までとは違う、新しい時間が始まる。

 

 

 

その後、何度か橘さんを訪れ、世間話をした。こちらからは特に踏み込まず、お互いの過去の話や、料理、村上春樹、そして恋、が主なトピックだった(橘さんはモテるのだ)。

 

 

 

 

 

「山本さん、不動産会社を紹介します」

 

 

 

 

 

と、橘さんから連絡を受けたのは初めに出会ってから約2か月後のことだった。