Journey×Journeyと山本ジャーニーの冒険-独立・開業と「旅食」の航海日誌-

秋葉原の多国籍・無国籍のダイニングバー「Journey×Journey」。独立開業までの過程とオープン後の日々を綴る、山本ジャーニーの営業日報。

【2018年版】百姓「山本ジャーニー」のジャニーズ「嵐」への冒険

2017年12月某日。僕は疲れきっていた。

繁忙期である12月、初めての3店舗運営、新年を見越しての新しい仕事への準備、年度末の経理業務などが一手に押し寄せる12月ならではの疾走感の中で、キャパオーバーのラインをぎりぎりにさまよいながら、その朝、重たい体を起こし、普段着ない上着を羽織って、普段背負わないリュックの中にサロンを入れた。

湾岸スタジオまで」と運転手に言った。去年は局側が手配したタクシーが店まで迎えに来てくれたので自分の口から行先を告げることはなかった。「湾岸スタジオまで」。後にも先にももう2度と口にすることはないだろう。

間もなく始まる収録に意識を集中させる。同じ轍は踏まない。今回は2回目なのだ、緊張してただただそこに佇むことしかできなかった去年とは違うんだ。

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痛ましいほどの強張りと、苦々しいほどの硬直。結局、何らの手応えもなく、何らの爪痕も残せずまま、スタジオを後にしたあの日の記憶が蘇る。

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去年の反省を活かし、事前にイメージトレーニングしようと何度か試みたが、結局まとまった時間が取れないまま当日の朝を迎えてしまった。湾岸スタジオまではまだ時間がある。集中して、イメージを膨らませよう。あらかじめパターンを想定し、自分なりの受け答えを用意して、リラックスすれば何か一つくらいは気の利いたことを言えるはずだ。嵐さんを前に、何か一つくらい気の利いたことを言えれば上出来だろう。

「あの、お客さん…」

意識は完全にシミュレーションの中のスタジオにいたが、運転手さんに声をかけられたことで車内に呼び戻された。

「はい…?」


運転手は寺尾聡に似ていた。渋い。

「あの、不躾なことをお聞きするようですが、お客さん、もしかして俳優さんですか?」

「い、いえ…」

「すいません、湾岸スタジオなんて年に一度行くかどうかなんで、つい…」

「そうですか…」

アキラはその風貌に似つかわず、どことなく弱気で、腰が低かった。まあいいや、と気を取り直して、脳内をスタジオに再シチュエートした。まずは立ち位置だ。去年は出だしからまず立ち位置を誤ったのがよくなかった。収録前にバミリ(人や物の配置を示す目印。業界用語)は事前に確認していたのにも関わらず、僕はそれを大幅に無視し、自ら出鼻を挫いた。あの時点ですでに自分を見失っていたのだ。

「じゃあ、いわゆる文化人さんか何かですか?」

 

意識が右から左へとウィンカーのように揺れる。ブンカジンサン?何だかサンフジンカみたいだ。ていうか、「文化人ですか?」っていう質問に対して「はい、文化人です」って答える文化人なんているのか?

「いや、違いますね…」

 

「あ、そ、そうですか。す、すいません、何度も変なこと聞いちゃって…」

 

アキラよ、あんた、さてはミーハーか。まあ、寺尾聡的な渋い紳士系ミーハーがいたとしてもおかしいことではない。そもそも俺が今、タクシーに乗って湾岸スタジオに向かっていること自体がおかしいのだ。車は月島から晴海方面へ左折し、意識はアキラからアラシへと右折した。

それと今年も「ジャーニー」と「ジャニ―」をかこつけて、何かいじってくれるかもしれない、去年はそれに対して、へつら笑いを浮かべることしかできなかった。今年はどうする?「ユー」とか差し込んでみるか?否、そんなことしたら…、否、そもそもそんな勇気が…。

 

「いやね、私も長いことこの仕事やってるんで…」

 

はい、わかりました。はい、100%諦めるよ、アキラ。こんな付け焼刃であれこれ考えたって、どうせ実際現場にいったら全部ぶっ飛ぶんだ。っていうか、アキラ、いきなりハンドル切ったね。さっきまでミーハー感滲み出してたのに「いやね、私も長いことこの仕事やってるんで…」って、いかにも渋いイントロダクションじゃないか。だが、申し訳ないんだけど、俺はアキラのキャラとペルソナの設定に時間を割くことはできないんだよ。

「なんとなくわかるんですよね。私はね、お客さんのこと見て只者じゃないなって思いましたよ」。

いや、只者だよ、筋金入りの只者だよ。俺の行先が「湾岸スタジオ」だったから、そう思っただけで、行先が「上野」だったら、「この人朝から飲むんだ」って断定しただろうよ。つーか、俺がタクシーの運転手で乗客に俺が乗ってきて、行き先が湾岸スタジオだったら、ADとかマネージャーだとかもっと一般的な洞察を一般的にすると思うよ。

 

「じゃあ、何かの有識者かな?」

「い、いや…」

 
有識者と言えば、有識者なのか俺は…、どうなんだ…。って、そんなこと律儀に考えてる場合じゃないんだ。一応、有識者だから呼ばれてるんだが、去年はガチガチに緊張しすぎて何もできなかったし、何も言えなかったんだよ。だから、今、この時間を使って集中したかったんだよ、アキラ。

 

「お客さんが入ってきたときに、普通の人にはない圧、のようなものを感じたんですよ」

 

そりゃ、体型の問題だろうよ。俺だって全国放送前に少しは痩せようと思ったんだ。でも12月はとにかく忙しくて、食事を気にしてる余裕もないんだよ。

 

「圧、と言ったら、語弊があるかもしれません。どういう言葉で表現すればいいんでしょう?、オーラっていうか」

じゃあ、はじめからオーラって言えよ!!こういう場合、どちらかと言うと「アツ」より「オーラ」の方がすっと出てくる言葉だろうよ!!なんでこの局面で俺が今さら自分の体型と体重のことに気を揉まにゃならんのだ。

僕はアキラに投降した。この戦、もはやどうにもなるまい。

「運転手さん、内容のことはあんまり言えないんですけどね…、云々、昔バックパッカーをやってまして…、云々、今は飲食店をやってるんですけど…、というわけで詳しいは詳しいかもしれませんが、素人です、なんか申し訳ないんですけど…」

 

と僕が現状を説明すると、アキラは遠くにうっすら見えるレインボーブリッジを見ながら、

「やっぱり」

と言った。

ルビーの指輪』を渋く歌い上げたあとの聡のような表情をアキラはしていた。

「…」


「…」


いやいやいやいや、ちょと待てちょと待て。「Aだと思ったら、Aだった」、この場合に用いられるのが「やっぱり」。「Aだと思ったら、Bだった」に「やっぱり」は使わないし、使えないから。アキラ、最初、「俳優さんですか?」からスタートしてるんだよ?そのあとの「文化人」も「有識者」もかなりファジーだからね、その澄ました「やっぱり」って何?何と何がどう「やっぱり」?

その「やっぱり」を言い放ったあとは「的中させて俺はもう満足」と言わんばかりに、アキラは沈黙した。僕としては今さら沈黙されても、思考の行き場がない。これ以上詮索するのは野暮だ、なんて思っているんだろうか。どうせならもっと色々聞いてほしかったが、アキラは番組に興味があるわけではなく、乗客の身の上(と、それを言い当てること)に関心があるだけかもしれない。寺尾聡的な渋い紳士系ミーハー、は誤解だったのかもしれない。


やがて、湾岸スタジオが視界に入り、僕の緊張感は急激に高まった。もはやいかなる予断も余談も許されない、僕は精神を研ぎ澄ました。集中、そして集中。


「あのお客さん、もし差し支えなければ放送日を…」



聞くんかい!!
沈黙破るんかい!!
ミーハーかい!!



「1月3日の16時15分、フジテレビの『嵐ツボ』です。もしよかったら是非…」


というわけで、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


1月3日の16時15分、フジテレビの『嵐ツボ』も重ねてよろしくお願いします。



追伸:運転手さんへ

 

実はなかなかタクシーがつかまらず困ってました。 ありがとうございました。そして、おそらく運転手さんとお話しできたことで幾分、緊張が和らぎ、去年よりはリラックスして臨めたと思っております。重ねて御礼申し上げます。テレビの前でお会いできるのを楽しみにしております。

 

 

「やらなきゃならないことをやるだけさ」。

2号店「Box round」の壁は映画のチラシで埋め尽くしている。学生時代、映画研究部に所属していて、その時の部室(ボックス)に倣って、2号店の壁面も同じようにした。オープン当初は時間がなくて、映画のチラシを取り扱っている神保町の書店に見繕ってもらってまとめて購入。だから貼ってある映画の全部が好きな映画というわけではないし、一部、見たことのないものもある。

 

落ち着いてから改めて書店を訪れ、3時間くらいかけて約50枚を厳選した。その作業は2017年に行った全ての業務の中で最もエキサイティングで、最も楽しい仕事だったかもしれない。膨大な枚数の中から(おそらく万単位の在庫がある)、大好きだった映画を抜き取るのは「旧友との再会」に似ていた。「おまえ、あの時、ああだったよなー」なんていう昔話に花を咲かせてるみたいな心地になった。

奥の4名テーブルに側面に貼ってあるチラシの中で、最下段の横一列はとりわけ親交の深かった旧友たちだ。『スワロウテイル』、『ニューシネマパラダイス』、『あの頃ペニーレインと』など、青臭い少年だった自分にとっての憧れであり、拠り所でもあった。その中に『アイデン&ティティ』という映画がある。

アイデン&ティティ』はみうらじゅんの原作コミックを田口トモロヲが初めてメガホンをとり、宮藤官九郎が脚本を担当、主演は銀杏BOYSの峯田和伸が務めている。バンドブームに乗って、メジャーデビューを果たし、デビュー曲はヒット、売上もファンも増えたが、その一方で「自分のやりたい音楽」と乖離していくことに苦悩する。「本当のロックとは何か」と葛藤し、「本当のロックとは何か」を模索する、ストレートな青春映画と言える。

「やりたいことをやろうぜ」というスピリットが全編にわたって描かれていて、当時20代前半だった自分にとって、奮い立たせられる内容だったのだけど、それだけでは他の多くの青春映画同様の位置づけの中で収まっていたと思う。最下段の中央に貼られることはなかっただろう。

 

この映画の中で最もインパクトが強かったのは、ラストシーンのライブ会場で中島(峯田)が観客に放つ一言だ。ありがちな「やりたいことをやろうぜ」感全開でストーリーが進んでいく中、中島の最後の台詞は、

 

「やらなきゃならないことをやるだけさ。だからうまくいくんだよ」。

 

そして、ボブ・ディランの名曲『ライク・ア・ローリングストーン』ともにエンドロール、という流れ。この展開と転回に唸り、僕の中で今でも生き続ける映画となり、今でも生き続ける言葉として、刻まれている。

 

「やりたいことをやろう」なんて、言うまでもない当たり前のことのように思える。ここは日本であって、紛争地域ではない。ましてや今は2017年だ。農家に生まれれば農家になるしかない、という時代は150年前に文明開化とともに終わったのだ。やりたいことがあってもできないのは、あるいはやらないのは、「やりたいことよりもやらなきゃいけないことを優先させている」か「他の何かのせいにしているか」の2つしかない。

作中の「やらなきゃならないことをやるだけさ」にネガティブなニュアンスはない。「本当にやりたいこと」というのは段階を経て、自分にとって「やらなきゃいけないこと」として昇華されるはずで、その領域のことを指しているのだと解釈している。いわゆる一流と呼ばれる人たちは「やりたいことをやってる」という意識を飛び越えた場所で、自分がやらなければならない役割を果たそうと努めているのではないだろうか。イチローが「自分はやりたいことをやってるんです」という意識でプレイしてるとは到底思えない。アスリートだけでなく、芸人であれ、政治家であれ、一般会社員であれ、飲食店店主であれ。やらなきゃいけないことをやってる人は強い。母は強し、と言うけれど、本当にそうだと思う。

 2017年は「やらなきゃいけないこと」を整理して、整理した分、増えた一年だった。

かつての「やりたいこと」は少しずつ、「やらなきゃいけないこと」へと移ろい、

2018年は見渡す限り、やらなきゃいけないことだらけだ。でもそれでいい。その分、きっと新しい地平が見えるはず。自分の想像を超えた冒険が待ってるはず。

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 2017年の最終営業日のランチは茜が作った鶏肉とカブのインドカレーで、ディナーのコース料理の〆も茜が作った鶏肉とカブのインドカレーだった。J×Jがその一年で最後にお出しする料理が茜の一品になるとは思いもよらなかった。そして、茜が作るそのカレーは俺が作るカレーよりもずっと美味しい。来年も想像を超えていきたい。

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 一年後はどうなっているだろう、とわくわくできるのはハッピーなことだ。そんなハッピーをもたらしてくれるスタッフとゲストに心から感謝。

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 というわけで来年はやらなきゃならないことをバリバリやって、店としての地力をバリバリに固める一年にしたいと思っているのだけど、最後にもう一つ、個人的な目標を立てるとすればバリバリに「遊ぶ」こと。

 

世界一周で365連休をとったから、当面は休日返上で取り組んできたけど、あれから5年経ってそろそろペイしたかな、と。とにかくひたすら働いている。とりわけこの一年はとにかくひたすら働いた。やらなきゃいけないことだけやって、あとは胸張って遊ぼうと思う。来年はどうぞ一緒に遊んでください、よろしくお願い致します。

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Journey×Journey Box roundの冒険

Journey×Journey2号店、BOX roundについて改めて自己紹介。

前回投稿した内容と重複する部分もあるけれど、お店の概要を説明したいと思います。

お店の場所は本店から徒歩2分。秋葉原駅からの場合、ファミリーマートを背に海老専家さんを右折して来られる方がほとんどだと思いますが、

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その角を曲がらず、そのまま直進。そうすると左手にガソリンスタンドが見えてくるので、その十字路を右折。

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50メートルほど歩くと左手にBOXが見えます。

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詰めれば16名くらいは入れると思いますが、デフォルトでは12席の小さなお店です。お昼は店内営業をしながら、店頭でお弁当を販売(和のお弁当を作るのがけっこう楽しい)、

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夜は本店よりも少しカジュアルにバル仕立て。

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メニューは本店同様、多国籍料理のお店となりますが、できるだけわかりやすく、そしてコンパクトにまとめてます。コースは2時間飲み放題で4,000円。ドリンクは本店ほど種類はないけれど、定番はあらかた揃えてます。価格帯も本店よりも低めに設定し、生ビールが480円、ウーロンハイ・緑茶ハイ・紅茶ハイは350円です。言ってしまえば、普通の居酒屋と同じような感じです。普通の居酒屋と同じようにラフなお店にしたいのです。狭いお店ではあるけれど、その分、身内でワイワイするには適しているのではないかと考えてます。

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貸切は8名様から承ります。

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毎日ひたすら働いてるけど、早いとこ落ちつかせて俺が早く飲みたい。ご無沙汰してる友達集めて、俺が貸し切りたい。心おきなく飲みたい。ああ、心おきなく飲みたい。

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前回も書いたけれど、BOXというのは大学時代のサークルの部室の通称でもあります(当時映画研究部でした)。無限大にやりたい放題やってた頃、基地はボックスで、ボックスから始まり、ボックスに帰っていくという毎日でした。僕の青春はどっぷりあのボックスに詰まっているのです。学生のようにはいかないけれど、ちょっとでもああいう感じを出せればいいなと、2号店はあの頃のボックスに寄せて作った部分もあります。だから、新しいお店を作っているのにも関わらず、懐かしさや郷愁が込み上げてくるという逆説的なお店作りとなりました。新しいボックスで新しい何かが始まるのが今からとても楽しみです(ちなみに大学の閉鎖時間は22時だったと思うんだけど、BOXも22時閉店となります。ここが一番のネックなんだけど一身上の都合があってのことなので悪しからずご了承くださいませ)。

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そして、本店の近くにBOXが生まれることによって、通常営業とのバランスを考えなければならない負担が減ります。つまり、

①本店が貸切の場合においても、BOXにご案内することができる

②本店に団体客がいても、BOXにご案内することができる

③本店ではできなかったイベントなどが打てるようになる

④料理教室の開催やケータリングなど、できることが増える

といった具合に、導線もパフォーマンスの幅も広がることになります。


最後に肝心のスタッフですが、今回の新規出店に際して、新しく4人の仲間が増えることになります。僕は行ったり来たりしながらも基本的には本店におり、新しいスタッフがBOXを担います。一人一人紹介していきたいところですが、それはまた別の機会にするとして、来月11月4日(土)に遅ればせながらのオープニングパーティーを開くので、その時にスタッフ全員をご紹介できたらなと思っております。

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ーJ×J Festival Box roundー

日程:11月4日(土)
時間:17時~23時予定
会費:2ドリンク2000円+キャッシュオン制
*希望者には飲み放題チケットも用意する予定です。

本店、BOXともに開けて、スタッフも変わりばんこに飲みながら(僕はずっと飲んでる予定)、ラフな感じでゆるゆるできたらいいなと思っております。
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何卒よろしくお願い致します☆


あー、飲みたい!!f:id:journeyjourney:20171009211450j:plain

 

J×Jの2号店への冒険

「丸三年で一店舗目を軌道に乗せ、体制を整え、4年目に2店舗目を出店する」というのがオープン当初からの目標だった。そして、2店舗目を展開するのであれば同じ台東1丁目で出したいと前々から考えていた。今すぐには難しいけれど、将来的には役に立つだろうと思って、以前から物件に関する情報サイトには登録し、通知が来るたびに参考程度にチェックしていた。

ところが、希望する台東1丁目の物件情報は全く上がってこなかった。台東2丁目だとか、隣合わせの番地だとかの周辺の物件はたまにアップされることはあったし、少しでも可能性を感じる場所には行ってみることにしていたけれど、ピンと来る物件は一つもなかった。まあ、どのみち今は無理だし、とりあえずチェックだけして気長に待とう、そして本腰入れるようになったらWebだけでなく、実際に足を使って不動産屋にあたってみよう、

と思っていた矢先、

「台東1丁目 12坪 家賃24万」という物件情報がサイトに上がった。5月末のJBQが終わってちょっと一息ついた6月上旬のことだった。坪単価はけして高くない。立地も間取りも間口も、2号店として理想的だった。こんなドンピシャな物件が出てくるとは、と晴天の霹靂に胸が高鳴った。と同時に、この条件であれば中堅や大手が出てくるだろうと見越して、はじめから諦め気味でもあった。でも、とにかく内見だけはしておこうと思い、問い合わせした。内見後、思いのほか話はスピーディーに展開し、あれよあれよと事は進んでいった。早々に降ろされるだろうと思っていたレースは予想に反して、いいポジションを保持したまま中盤戦にさしかかっていった。3回までに3失点で済めば上出来、と思っていた投手が4回まで無失点に抑え、5回のマウンドに立とうとしている。そんな感じだ。

その過程で当初の提示金額である24万の家賃が途中で30万に跳ね上がった。「途中で金額を吊り上げるなんてちょっとありえないし、私も抗議したんですが…」と仲介業者は言った。僕自身はこれを受け、当然それなりの疑念や不信感を抱いたけれど、それでも魅力的な物件だという認識は変わることなく、この値上げで他の応募者がふるいにかけられるのであればかえって好都合だと、最後まで突っ走ってみることにした。

交渉が大詰めを迎え、今日が天王山という時分で、同じ「台東1丁目」の物件情報が出た。今まで全然出て来なかった台東1丁目の物件が短期間に立て続けに出たことに、そしてそれが交渉の大一番の局面だったことに困惑しながらも、とりあえず申し込むだけ申し込もうと半ば強引に滑り込んだ。

結局、当初本命だった物件には弾かれた(正確には9回裏の完投目前で自らマウンドを降りた)。

そして、滑り込んだ2つ目の物件を抑えることに成功した(ここに至るまでの過程がなかなかにドラマチックでスリリングだったのだけど、その物語はいつか別の機会に触れたいと思う)。

 

つまり、2号店の出店が確定した。

2017年9月1日に契約開始。

9月20日にプレオープン。

(もともとお弁当屋さんだったので、まずはお弁当販売から始めた)。


そして、10月2日にひっそりとグランドオープンした。


お店の名前は「Journey×Journey Box round」。本店との区別のために「ボックス」という愛称で定着したらいいなと思う。

 

お昼はお弁当が主体となるので、「ランチボックス」のイメージで「ボックス」というワードを抽出した。これにかこつけて、ディナータイムでは「ボックスメニュー」を提供している。ボックスメニューは各種料理を詰め合わせている。サラダボックスは世界のサラダの3種盛り合わせ、チキンボックスは世界のローストチキンの3種盛り合わせ、という案配で、世界の料理を少しづつ、幅広く楽しんでいただきたいと思っている。

また、僕の大学時代、所属したサークルの部室の愛称が「ボックス」だったことにも由来している。14席ほどの狭いお店ではあるけれど、友人や同僚など身内でワイワイするには本店よりも過ごしやすいのではないかと感じている。

 

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ボックスは本店から徒歩2分の場所にある。
(住所:東京都台東区台東1-33-4 山上ビル1F)


今、僕が行ったり来たりしているように、ゲストの皆様もシーンに応じて使い分けしたり、ハシゴしてくれたりしたらいいなと思う。そして、そういうふうにしてもらえるようにBOXを育てていくのがスタッフ一同の使命。


BOXは平素のご愛顧の賜物であり、これに厚く御礼申し上げるとともに、

秋葉原旅食ダイニングJourney×Journeyならびに、
Journey×Journey Box roundを、

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

J×Jの冒険-2015年4月㉕「オープン1ヶ月」 

Journey×Journeyをオープンした2015年4月のことを書き始めたら、結果的に全25話の大長編になった(書き始めたのは去年の9月…)。本当はもっとテンポよく書き進めていきたいが、オープン時の構想や、イメージしていたことがその後に繋がっていくわけで、ここを丁寧に書かない限り、この先の話と整合性を結べなくなる。

とは言え、あまりに細かく深く落とし込むとそれこそ回収できない事態になりそうなので、オープン時についてはこのあたりで切り上げ、2015年5月に話を進めていきたいと思う(書きたいことはもっとたくさんあるのだけども)。

その前に一度整理しておきたい(自分自身、一度整理しておかないとこの先を書くのがしんどくなってきそうだから)。

オープン当初の一ヶ月について、僕は大きく二つの観点で章を分けた。第1章はディナータイムについてで、第2章はランチタイムについて。

ディナーは終始、消極姿勢を貫いた。認知拡大のためのセールは打たず、ビラやチラシを用意することもなく、告知と宣伝は身内だけにとどめた。オープニングに乗じて、一気呵成にかっ飛ばしていきたい気持ちもあったけれど、加速すればするほど転倒するリスクが高まるのは明らかで、仮に転倒することなくリターンがあったとしても、それは目先の売上でしかない。重要視したいのは一回ぽっきりの利用ではなく、継続性のある価値を感じてもらうことであり、当時、いっぱいいっぱいだった自分にそれができるとは思えなかった。まずはとにかく自分たちと、お店のコンディションを整えることに集中した。4月中、おそらく3,4回ノーゲスの日があったと思うが気にせず、課題と問題点を粛々と潰していった。

こうした考え方や姿勢についてを僕は「商売不繁盛論」とネーミングしている。

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勿論、準備万端でスタートから抜かりなくベストパフォーマンスを出せる自信があるのであれば、全くお呼びでない考え方になるけれど、状況によっては有効だと僕は思う。

身内ではなく一般客に初めてコースをご予約いただいた時のことを今でもよく思い出す。近くの大企業にお勤めの方で金曜日に6名で予約してくれた。張り詰める緊張感の中で僕なりにベストを尽くしたのだけど、今思えば、メインディッシュはああすればよかった、〆はこうするべきだったと反省点は多い。実際、その6名様が再訪してくれることはなく、覚悟できていたこととは言え、落胆は隠せなかった。

が、2年後の2017年4月、その時の幹事の方が貸切で予約を入れてくれた。これは本当に嬉しかったし、多いに安堵した。


一方、ランチは最初からできるだけ積極的にいこうと決めていた。

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が、結局攻めきれなかった自分を認めざるを得ない。随所に消極性が出て、本来できたはずのパフォーマンスより明らかに劣っていたと思う。これによりランチの安定化は当初考えていたイメージから大幅に遠のき、一年にわたり頭を悩まされることになった。


オープン当初からランチに通い続けてくれているゲストは全体の数の3%くらいじゃないかと思う。例えば300人に対し10人ほどで、その290人に対して申し訳なく、そして悔しく感じるとともに、今でもご来店いただけてる10名様に対し、心より感謝したい。


以上がJ×Jをオープンした最初の一ヶ月のアウトラインとなる。今後はそれが実際にどのように推移していったかを記しておきたい。もう少しテンポよく。


それと最後に、これから独立する方の中で居抜き店舗で営業を始められる方はトイレをよくチェックすることを勧めます。衛生状態や水がちゃんと流れるかも勿論そうなのだけど、「水がどれくらいの時間でタンクに溜まるか」を計っておくのも大切です。自店の場合、カフェからの居抜きだったので、もともとお酒を飲むゲストが少なく、ゆえに「トイレに人が並ぶ」という状況がなかったんだと思います。オープンしてから気付いたことですが、タンクに水が溜まるのが異常に遅く、このためにトイレが回転せず、レセプションでゲストを大混乱に陥れることになってしまいました。その後業者を呼んで直してもらい、貯水時間が30秒縮まったことに心から歓喜したのを今でもよく覚えてます。まあ、稀なケースだと思うけど、念のため、一応。

J×Jの冒険-2015年4月㉔「カオマンガイの失敗」後編-  

カオマンガイの失敗の一つは「仕込み方法」(前回記事参照)、そしてもう一つは「ソース」だった。シンプルゆえ、火の入れ方が重要となる料理であると同時に、お店独自のソース(たれ)が決め手になるメニューでもある。仕込みの時間配分に慎重になりすぎてイメージする仕上がりにならなかったのと同様に、ソースの失敗も僕の弱腰によるものだ。

前回の記事に書いたように、「正統派と明らかな一線を画したオリジナルのカオマンガイ」として提供している。ソースにおいても同様で、一般的にカオマンガイにはあまり使われない調味料でソースを作っている(以下、「基本ソース」と表する)。お店をオープンする前から僕は自宅でカオマンガイを作り、これに合うソースについて様々なパターンを試してきた。その試行錯誤の中で「美味しい」という当然の第一条件を満たし、かつ、「多くの人に受け入れられるテイストである」という第二条件にも当てはまり、さらに「正統派からは距離を置きつつも、本質からは離れない」、その3つの必要条件をクリアすることを目指し、行き着いたのがオープン当初提供していた基本ソースである。

ここで難しいのは第二条件である「多くの人に受け入れられるテイスト」。それをどう定義するか、そしてどこに線を引くか、が悩ましい。攻めすぎると刺さる人には刺さるけど、反面リーチが広がらないリスクがある。無難に行けば幅はそれなりに広がるはずだけど、インパクトは弱く、印象は薄い。ここをどう考えるかが作り手の楽しみであり、葛藤でもある。

最初は無難に行こう、というのが僕の当初のスタンスだった。多国籍料理店であるという時点でそもそもエッジがきいているわけで、ランチメニューにおいてはまずは安心感を打ち出したい。基本ソースを使えばエスニック料理特有の独特なテイストは抑えられ、苦手な人や馴染みのない人もきっと受け入れられるし、先入観や固定観念も崩せるはず。そのかわり、本場を知ってる人からすれば物足りないかもしれない、まがいものになってしまうかもしれない。けれど、何はともあれ「何を優先させるか」であり、そのプライオリティのてっぺんにあったのが「安心感」だった。

ところが、この弱気な姿勢は失策だったと今では断言できる。一言でいえば、無難すぎた。シャープさに欠ける、極めてぼんやりとしたテイストだったと思う。

本来、僕はこの基本ソースとは別に、ナンプラー(タイの魚醬)をベースとしたナンプラーソースを用意していた。基本ソースとナンプラーソースをダブルでかけるのが最も美味しい(味がしまり、まとまる)と思っていたのだが、ナンプラーを生臭く感じる人も中にはいる。ゆえに、最初の一ヶ月は基本ソースのみで提供していたし、間もなくこれを改め、ナンプラーソースはココットで別添えで提供するようにした。

今では(2017年7月現在)、基本ソースとナンプラーソースの相掛けをデフォルトとしている。さらに卓上には辛味の効いたソースと、酸味の効いたソースを置き、ゲストが自分の好みに合わせて、味をカスタマイズできるようにしている。さらに言えば、基本ソースはオープン当初から今に至るまで、2,3回アップデートしているので、初期に比べてテイストは大分重層的になっているはずだ。勿論、味を尖らせていく過程において、離れていったゲストも多少はいると思うけど、今見ている限りだと離脱数よりも定着数の方が多い。

以上、「仕込み方法」と「ソースのテイスト」の2点が僕が思う「カオマンガイの失敗」だ。両点とも自分の消極性が招いたフィルダースチョイスであり、この消極性に基づく失策はカオマンガイだけではなく、随所に散りばめられていたと思う。ディナータイムに関しては商売不繁盛論に基づく意図的沈黙であり、これについては英断だったと今でも思うけれど(おそらくカオマンガイに類似した失敗を重ね、客離れを引き起こしていただろう)、ランチに関してはもっと積極性を持つべきだったと反省している。


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*写真は現在の「カオマンガイ」。



J×Jの冒険-2015年4月㉓「カオマンガイの失敗」前編-

前回の記事より、

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僕はカオマンガイに対して慎重になりすぎたのだ。そして、必要以上に慎重になりすぎたゆえ、本来できるはずの、できたはずのパフォーマンスよりも劣っていた。当初、はっきり言って、きっちりレベルが低かった。
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と今でも思うし、もし初動の段階でもう少し余裕があれば、もっと早くランチを安定させることができたかもなと反省する。

ランチメニューのもう一つ、シーズンドライスは日替わりで、メニューにもよるけれど、基本的には当日の朝、出勤してから仕込まなければならない。例えば、極端に言えば海鮮を使うとなると、一度火を通してしまうと身が縮むため再加熱は不適切、などといった理由で。

出勤時間は10時半、ランチが始まるのは11時45分(基本的に)。1時間15分で調理を終えなければならないということは当時に自分にとってはプレッシャーだった。初期においては特に想定していないトラブルも多い。その対応に追われると、仕込みが間に合わなくなる。ならばもっと早く来ればいい、という話になるし、オープン当初であればそれぐらいのガッツは当たり前のことなのだけど、極力そういうふうにはしたくなかった。それが前提になると、それが習慣となり、それに疑問を抱けなくなる。ランチもディナーも営業するのであれば、「10時半に来ても対応可能な範囲で」という前提を最初から崩したくなかった。

オープンまでのその1時間15分を日替わりにつぎ込むのであれば、カオマンガイの仕込みはそれよりも前倒しに済ませておかなければならない。つまりは前日になる。前日のうちにできるところまで進めて、仕上げを当日にやればいいと考えていた。

他店がカオマンガイをどのように仕込んでいるかはわからないし、オーセンティックな調理法とアレンジやオリジナルではその方法は異なると思う。自店の場合、正統派とは明らかな一線を画したオリジナルのカオマンガイとして提供している。色々と理由はあるけれど、個人的にはそっちの方が美味しいと思っているし、ターゲットを絞ることなく、広範囲にリーチできると踏んでいた。そして、そのカオマンガイであれば10時半に出勤したとしてもオープンまでに間に合わせることができる。

が、上記の理由により、そうせず、前日の段階である程度仕込んでおくことにした。

当初は前日に仕込んでも、当日だとしても味についてはそう相違ないと思っていたけれど、工夫と試行、マイナーチェンジを繰り返していく中で当日仕込みの方が美味しいと感じるようになった(あくまで自店のカオマンガイの場合であり、あくまで個人の嗜好差はあるが)。簡単に言えば、当日仕込みの場合は弾力感のある仕上がりとなり、前日仕込みの場合はしっとりとした仕上がりになる。「弾力感」⇔「しっとり」というパラメータだけで考えれば、本場はどちらかと言うと「しっとり」寄りになると思うのだけど、自店では(そして僕の嗜好では)、弾力感のあるカオマンガイを提供したいと考えている。

今では(2017年7月現在)、カオマンガイは基本的に当日の朝に仕込んでいる。と同時に、日替わりを仕込み(時には2種仕込み)、フォーも用意している。全体の出数も2倍に近い。アイテム数もボリュームも当時からすれば考えられないけど、無理をしている意識は特になく、マイペースでできている。あれだけ毎日汗だくでやってたのは何だったんだろうと思うし、このスピードで仕込めていたら…、今のスペックで提供できていれば…、という「たられば」は拭えない。

 

これがカオマンガイの失敗の一つ。

けれど、良く言われるように「失敗」から学ぶところは多い。

もう一つの失敗も似たような性質を帯びる、「失敗」だ。

*写真は当時のカオマンガイ

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J×Jの冒険-2015年4月㉒「シーズンドライス」後編-  

初期の段階におけるランチメニューは2種類。一つは「カオマンガイ」で固定、もう一つは「シーズンドライス」とし、こちらを日替わりとする。シーズンドライスというのは平たく言えば「炊き込みご飯」、例えばその日のメニューがバターチキンカレーであればそのテイストでご飯を炊き上げ、上にバターチキンカレーを乗せ、ガパオであればガパオを作る調味料でご飯を炊き、上にガパオ炒めを乗せる、そういう案配だ。

バターチキンカレーはバターチキンカレーとして提供し、ガパオライスはガパオライスとして提供すればいいものの、何故わざわざ手間のかかるようなことをしたか。

一つ目としては前回の記事にも書いたように「ラインナップを増やすため」。当時のスキームではトムヤムクンというスープを出すことはできない、でもトムヤムクンテイストのご飯を作ることはできるし、その上にトムヤムクンテイストで味付けした炒め物を乗せることはできる。それをありとするならば、バリエーションは飛躍する。「シーズンドライスのトムヤムクン味です」、「シーズンドライスの~味です」、というオリジナルのパッケージにくるんでしまえば、ある程度、地平線を広げることができる。

もう一つは、「正統派と差別化するため」。例えばスペイン料理屋からすれば僕がランチで出すパエリアははっきり言って、きっちりまがい物になる。かと言って、パエリアではなく「パエリア風」と婉曲的に表現するのにも前向きな気持ちになれない。極論、ほとんど全てが「~風」なのだ。そのほとんど全ての曖昧に対して、ほとんど全てに律儀になるのも億劫だ。であれば初めから、前提と念頭を置き換えたほうがいい。シーズンドライスというのは積極的なペネトレイトでありながら、同時に開き直ったリスクヘッジでもある。

上記2点を踏まえた上で、3つ目に挙げるのが「親近感を図るため」。トムヤムクンを食べたことがない人がランチでトムヤムクンを選ぶことはなくても、トムヤムクン味の「ふりかけ」なら試してくれるかもしれない、そういうニュアンスを突きたかった。「炊き込みご飯」というワードを用いることによって、取っつきやすくする。一度頼んでくれればあとは要領を得てくれるはずで、自分の生活圏内にない料理や新しい味に対して警戒心を解いてもらう。そういう文脈において、僕はシーズンドライスというスタイルを用いることによって、多国籍料理というハードルを下げることを試みた。


トムヤムクンのシーズンドライス

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ガパオライス

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タンドリーチキン

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そして、パエリア。

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なお、シーズンドライスという名称に関しては2か月もしないうちに変更した。僕の友人が運営するメディア『世界新聞』の記事(2015年5月21日)ではすでに「シーズニングライス」とある。

sekaishinbun.net


この記事においてもあるように当時、価格は900円だった。今はシーズニングライスという名称そのものを取りやめ、「世界の日替わりランチ」としているが、価格はカオマンガイと同じく800円で統一している。当時のこの100円の差異は原価の問題もあるし、提供量が限られていたというのもあるけれど、それよりも「まずはカオマンガイを試してみてほしい」という気持ちに由来する。お店のレギュラーメニューが認知、定着されることを優先した。

だから仕込みの量もカオマンガイの方が多かったし、実際に出数もシーズニングを大きく上回っていた。この動きそのものに関しては僕の思惑通りだったと言える。

ところが、この思惑通りの販売比率が初期のランチ営業における失策に繋がった。僕はカオマンガイに対して慎重になりすぎたのだ。そして、必要以上に慎重になりすぎたゆえ、本来できるはずの、できたはずのパフォーマンスよりも劣っていた。当初、はっきり言って、きっちりレベルが低かった。

J×Jの冒険-2015年4月㉑「シーズンドライス」前編-  

このようにして、ランチに実際に使用する器は決まった。次はこの器に何をのせるか、だ。勿論、開店準備の中でランチメニューに何を出すかは前もって考えていたけれど、器が決まらない限り、細部を詰め切れない。ここからは自分のイメージを具体的に実現していく作業になる。

2017年6月現在、ランチは3種類、日によっては4種類提供しているが、オープン当初は2種類しか用意していなかった。最初から3種類はオペレーションがついていけないと思っていたし、まずは2種類に集中し、定着させた方が後々に活きてくるだろうと考えていた。

2種類しか用意しない以上、一つは日替わりにすることも決めていた。逆にもう片方は固定し、レギュラーメニューにする。そのレギュラーをカオマンガイにすることもオープン前から決めていたことだ。オープン当初のランチ営業において僕が「失敗」したと思っているのはまさにこのカオマンガイなのだけど、まずはもう一つの「日替わりランチ」について触れたい。

「多国籍」としながらも結局アジア料理の寄せ集めになりがちな一般的な傾向と差別化し、南米やアフリカの料理も取り入れて展開していきたいと思っていたけれど、いきなりそこまで尖ることはできない。ましてやランチタイムではなおさら難しい。「世界の料理」と言ってもできるだけポピュラーで、既に広く認知されているものを中心に組み立てていく必要があった。例えば、グリーンカレートムヤムクン、バターチキンカレー、パエリアなどスーパーでもレトルトで売られてるようなラインナップ。でも、そうすると意外とバリエーションが広がらず、ワンパターンに陥るのは明らかだった。そこで、バリエーションを出すために中華の領域に手を出そうかと考えたけれど、中華料理店は商圏内にひしめきあっている。付け焼刃の中途半端な中華で太刀打ちできるとは思えない。

ただでさえ限定されていると言うのに、購入したプレート皿で提供するとなるとさらにその範囲は狭まる。上記のトムヤムクンはスープであり、底のないプレート皿では提供しえない。スープをもとより、汁っ気の強いものは全般的にNGとなる。また例えば専門性を要するメニューを迂闊に手を出すのもリスキーだ。インド料理屋のバターチキンンに渡り合うことはできないし、ランチタイムで正しいパエリアを正しく出すのは専門店でないかぎり、ほぼ不可能に近い。パエリアっぽいものを作って強引に「パエリアです」と提供したとしても、かえって心象を悪くするだけだろう。

 

そもそも僕は全てにおいて中途半端なのだ。


だから発想をひっくり返すことにした。専門店の専門的なメニューとは一線を画し(と言うよりも戦線離脱し)、自店だけのオリジナルのスタイルの中で「世界のランチ」を表現しよう。中途半端なのであれば、その半端感を逆手にとり、見せ方を工夫して、独自のパッケージにくるんで提供すればいいのではないかと思い至った。その「独自のパッケージ」というのが表題の「シーズンドライス」。ちなみに、このシーズンドライスというのは僕の造語で検索しても、2年前のオープン当初にランチのゲストが書いてくれたレビューが上がってくるだけで、今この世界にこの言葉は存在しない(現在は「世界の日替わりランチ」としか表記していない)。

「炊き込みご飯」を英訳すると「Rice cooked」と出てくる。でも、ライスクックドって言うのもなあ…。かと言って「炊き込みご飯」という直接的すぎて気が引ける。何かいい表現はないかと色々調べていたところに出てきたのが「Seasoned」という言葉。「香りづけされた、調味された」という意味があり、Rice Seasonedと表記されることがある。これは悪くないと思い、前後を逆さにして「シーズンドライス」とした。

でも結局、1か月後にはシーズニングライスに再変換した。英語としては正しくないのだけど言いやすさを優先させた。シーズンドライスがこの世に存在していた短い期間に、ゲストがお会計の際に「えーっと、なんだっけ、シーズンドライスです」と伝えてくれたあの光景を今でもたまに思い出す。蝉の一生のように儚く、あっという間に天に召された(葬った)けれど、シーズンドライスは確かにこの世に生を受けたのだ。

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という流れで、当時、僕は毎日、カオマンガイ用に米を炊き続け、シーズンドライス用に米を炊き込み続けた。グリーンカレーも、パエリアも、バターチキンも片っ端から炊き込みご飯にした。一年くらいして、追いつかなりもうやめてしまったけれど、今でも悪くないアイディアだったと思うし、いつかまたやりたいなと思っている。我らの、我らがシーズンドライス。相変わらず言いにくいので、もっとキャッチーな名前にすると思うけど。



なんと後編に続く。



 

 

 

J×Jの冒険-2015年4月⑳「踊れ、おさら大捜査線」-  

今まで延々と書き連ねてきた内容はほぼ全て「ディナー営業」に焦点を合わせている。ダイニングバーの形態をとる以上、売上構成の多数を占めるのはディナータイムでの売上になるし、当然かけるべき比重は昼よりも夜に傾けられる。そして、どうすれば思い描いたように売上を作れるか、が今までの長い話であり、同時に、そう簡単には思い描いたように売上は作れない、というのが前回の話になる。

「ランチタイムで認知を広め、ディナータイムの来店に繋げる」というのは一般的な飲食店の一般的な正攻法であり、僕(J×J)も正攻法という帆を張り、一般論という風に乗って、船を進めることにした。だけど、ランチでの集客をいきなりディナータイムに繋げようとは考えない。畑を耕すようにまずは土地をならすことが大切で、その素地を作る。ディナーのために、ディナーのことは当面放置し(逆説的になるけれど)、初期においてはランチに集中する。ランチを軌道にのせることが目下の課題であり、これを3ヶ月以内に仕上げることを目標とした(オープンからカウントして6月までにランチ営業を安定させる。そうすればディナータイムへの誘導にも自ずと繋がるだろう、と)。

ところが、この目測は甘かった。今思えば、という回想録であり、結果論になるけれど、ランチにおける初動は僕が犯した失敗のうちのまず最初の一つだろう。結論を言えば、この誤算によって「3ヶ月以内に安定」という目標の達成は大幅に遅れ、一年先まで遠のくことになった。この失敗について、これから順を追って、掘り下げていきたい。

僕がランチにおいて強くこだわっていたのは「お皿」だった。2人という最小人数で12時~12時半という短い時間に集中して来店されるゲストをスピーディーに対応するためには、「ワンプレートで完結するお皿」が不可欠だと考えていた。大きさの違うお皿を使用したり、複数のお皿に分けて提供すると作業効率がぐっと下がる(と言うより、作業量がぐっと上がる)ということは今までの経験の中で身をもって思い知らされている。勿論、ちゃんとしたトレイに主菜、副菜、ご飯、スープと分けられて供された方がゲストの満足度が上がるのは明らかだ。けれど、そうすることによって提供時間が長くなることもまた明白。これを解決するにはシンプルに言って「人手」なのだが、そうすると当然人件費はかさみ、価格を上げなければ釣り合わない状況になる。お店の方針として「効率よりも内容を高めたい」と考えるのであればそうした営業に徹するべきだが、自店の場合、①全く目立たない裏路地という立地、②ただでさえ敬遠される店構え、③そもそも馴染みのない多国籍料理、という3つの問題を解消し、敷居を下げ、まずはとにかくの認知を目指さなければならない。であれば、デザイン性は最初から見切りをつけ、機能性を追求するのが賢明だと判断していた。そして、そのための第一項は「お皿」だった。極めて、物理的に。

食洗器があればまた話は違うのだけど、それがない場合、どういう皿を使用するかは思いのほか、重要だと僕は考えている。ランチタイムにおける僕らの仕事の主たるは当然、「ランチメニューを適正な内容と価格で、適正なスピードで提供し、適正な環境で召し上がっていただく」ということに尽きる、が、実際はそれを準備するための時間があり、それを片付けるための時間がある。ゲストの「適正な満足度」を第一としながらも、同時に考えなければならないのは自分たちの「作業量」をいかにして適正にするかだ。「仕込み」の時間をどう考えるかはそれはひとえに作り手の熱量と哲学に委ねられるが、そうではないところは極力削ぎ落した方がいいと考える。どれだけ準備に時間をかけているか、あるいはどれだけ片付けが大変か、という部分はよほどのロイヤリティがない限り、ゲストには意識されない(もっとも、掃除がどこまで行き届いてるかは見られるところではあると思うけど、洗い物の所要時間なんてゲストの知るところではない)。ゲストの目に触れられる部分であるからこそ重要であるのと同様、そうでない部分はそうでない部分でまた切実であり、真剣でなければならない。僕は切実に、そして真剣に、洗い物の時間を短くしたい。

同じものを同じように出しているにも関わらず、お皿によって片付けに15分かかる、逆に15分短縮できる、という違いは長期的に見ればシリアスだ。15時にまかないを食べ始めるのと、14時半にはリラックスできているのとでは全然違う。ランチから営業する飲食業の一日は長い。少しでも体を休める時間を確保しなければならないし、勿論、(時給換算のアルバイトを雇う場合)その誤差30分が生む人件費の蓄積は甚大だ。

というわけで、オープン前、悲壮の決意と並々ならぬ執着を以って、ランチプレートの大捜索に乗り出したが、理想とするプレートに巡り会うことはなかなか叶わなかった。あっても値段が高い、微妙に大きい/小さい、重すぎる、ちゃちい、スタッキングできずかさばるなど、ドンピシャを見出せず、閉口していた。

そんな最中、別件で立ち寄った雑貨店で見つけたのがこれ。

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ドンピシャとまでは言わなくとも、85%ほどの一致度。価格も当初の想定の約半額程度に抑えられる。開業資金を切り詰めてやりくりしている時分にこの差額は大きい。




2017年6月現在、今でもこのプレートを使用している。総合的に見てこれを選んで正解だったと思うし、イメージしたとおり、提供も片付けも短縮できている実感がある(それでもゲストの入り方によってはお待たせしてしまっているんだけど)。一方、このプレートが抱えている問題点も把握している。けれど、メリットとデメリットを天秤にかけた時、今なおメリットに軍配が上がる。



冒頭にあげた「ランチの失敗」というのはこのプレートによるものではない。


だが、因果関係はある。